本を出すのは趣味

2018.02.15 Thursday

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    本は趣味の産物 ?

    ●大学卒業から定年退職まで、江戸文学を探究してきたが、今回、研究の締めくくりとして、自分の出した本を整理してみた。現在まで、68冊だった。その外、論文もかなり書いている。はっきり数えてはいないが、100点くらいはあると思う。私は、雑誌論文をまとめて本にする、ということは、ほとんどしていない。
    ●また、ずいぶん、先学のお説も批判した。
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    ●今、思いつくままに列挙すると、以下の通りである。批判・修正した先学のお名前を付記する。

    〇 『可笑記』と儒教思想。 昭和39年。寺谷隆氏、松田修氏。
    〇『可笑記』と『可笑記評判』。 昭和41年。野田寿雄氏、松田修氏。水谷不倒氏、暉康隆氏、大場俊助氏、久松潜一氏、相磯貞三氏、市古貞次氏、寺谷隆氏。
    〇『可笑記』の諸本について。 昭和43年。水谷不倒氏、朝倉治彦氏。
    〇桜山文庫蔵『天保日記』とその著者について。 昭和50年。真下三郎氏。
    〇 『江戸雀』。 昭和50年。和田万吉氏、長澤規矩也氏。
    〇 上田秋成と『源氏物語』(上)。 昭和55年。浅野三平氏。
    〇 上田秋成と『源氏物語』(中)。 昭和55年。浅野三平氏。
    〇 『可笑記』の読み方。 昭和60年。田中伸氏、渡辺守邦氏。
    〇 『可笑記評判』の成立時期。 昭和61年。野間光辰氏。
    〇 『桜山本 春雨物語』。 昭和61年。中村幸彦氏、重友毅氏、初め多くの校訂者。
    〇 如儡子(斎藤親盛)調査報告(1)。 昭和63年。松田修氏、野間光辰氏。
    〇 如儡子の『堪忍記』(1)。 平成元年。野間光辰氏。
    〇 井関隆子作『神代のいましめ』のモデル。 平成7年。新田孝子氏。
    〇 井関隆子作『さくら雄が物かたり』考。 平成9年。新田孝子氏。
    〇如儡子の「百人一首」注釈。 平成11年。島津忠夫氏、乾安代氏。
    〇『井関隆子の研究』。平成16年。久松潜一氏、木村正中氏。
    〇 如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題(1)。 平成22年。自説を含めて、野間光辰氏初め諸氏の説の修正。
    〇 如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題(2)。 平成23年。自説を含めて、野間光辰氏初め諸氏の説の修正。
    〇 『如儡子百人一首注釈の研究』。 平成24年。島津忠夫氏、乾安代氏。
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    ●結果的には、重友毅先生、長澤規矩也先生、野間光辰先生、中村幸彦先生、島津忠夫先生など、恩師・大先学を批判することになってしまって、申し訳ないと思う。

    ●昭和女子大学に勤務しだした頃、先輩の先生から、大学の研究誌『学苑』に、余り頻繁に投稿しないように、と注意された。それゆえ、日本文学紀要に2点投稿した以外、一切投稿しなかった。ある会議の席上、人見先生が、『学苑』に書かないで、他の雑誌にばかり書いている者がいる、と申された。私の事だな、とピンときた。しかし、私は、その方針を改めず、先輩の先生の忠告を守り続けたのである。後年、鈴木重嶺関係資料については、投稿したが、これは、私が関与したこと故、仕方のない事であろう。
    ●また、こんなこともあった。昭和女子大学現役の頃、ある国語学専攻の方と、お茶を飲んで雑談中、その方は、私のことを、〔本を出すのが趣味ですね〕と申された。そういえば、自費出版の小冊子『斎藤親盛(如儡子)伝記資料』について、〔パブ高尾太郎氏〕は次のようなコメントを書き込んでおられた。
    「深沢秋男氏の『斎藤親盛(如儡子)伝記資料』は、すごい資料集だ。過去帳や位牌を丁寧に調査した結果の詳細な年譜、著作資料が付く。如儡子研究はこの一冊で大いに進展するんだけど、個人があたかも趣味のように作り、無償で配られている。研究って本来はこんなものなんじゃないだろうか。 7:23 - 2010年10月3日」
    有難い言葉である。