〔井関隆子、いせき・たかこ〕 もういいでしょう

2017.03.30 Thursday

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    ●昭和女子大学の講義・講読〔近世女流日記文学〕の、昭和60年度の最終授業の時間に、〔井関隆子 いせき たかこ〕と板書した。
    ●皆さんは、昨年の、4月の最初の時間に、〔井関隆子〕という名前を目にし、耳にしても、この女性のことを何も知らなかったでしょう。しかし、それから、1年間、この教室に出る度に、イセキタカコ、イセキタカコ、と私の口から出て、井関隆子、井関隆子、と板書されて、もう、この女性の名前を忘れないでしょう。
    ●それが、私の目的です。皆さんは、卒業して、会社に勤めても、ふっと、学生時代を思い出したら、この女性の事を思い出して下さい。それが、私の願いです。
    ●30年前のことである。それから、私は、毎年、毎年、学生に語りかけ、論文を書き、本を出し、講演をして、この無名の女性の宣伝につとめてきた。今、ふと思うに、もう、この井関隆子という、幕末に生を享けた女性は、日本の歴史の中から消えることはないだろう、そう言える。私の名前は、すぐ消えても、〔井関隆子〕の名は消えないだろう。それが、文学の力である。

    ■鹿島則文の識語 井関隆子の伝記研究の基礎史料

    ■鹿島則文 神宮皇學館館長時代


    ■昭和祭の展示、齋藤彰先生が撮ってくれた


    ■庄田安豊氏追悼会で
    井関隆子の文学について語る私