堤精二先生 御他界

2017.11.20 Monday

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    菊池先生のエッセイで、堤精二先生が御他界なされたことを知った。

    謹んで、御冥福をお祈り申上げます

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    堤 精二(つつみ せいじ、1927年2月27日 -2017年11月7日[1])は、日本の国文学者。お茶の水女子大学名誉教授。日本近世文学、特に井原西鶴が専門。子は堤玄太。

    略歴
    1927年(昭和2年)2月27日 東京市小石川区(現在の東京都文京区)に生まれる。
    1945年(昭和20年)3月 都立上野中学校(現在の東京都立上野高等学校)卒業。
    1948年(昭和23年)3月 松本高等学校(現在の信州大学)文科乙類卒業。
    1952年(昭和27年)3月 東京大学文学部国語国文学科卒業。
    1952年(昭和27年)4月 同大学文学部助手。
    1956年(昭和31年)4月 お茶の水女子大学文教育学部専任講師。
    1961年(昭和36年)1月 同大学助教授。
    1969年(昭和44年)6月 同大学教授。
    1992年(平成4年)3月 同大学停年退官。
    1992年(平成4年)4月 同大学名誉教授。放送大学教授。
    1997年(平成9年)3月 放送大学定年退職。
    2006年(平成18年)4月 瑞宝中綬章受章
    北杜夫著『どくとるマンボウ青春記』には、二人の「T」が登場するが、一人は辻邦生、もう一人が堤精二である。松本高校在学時代は蹴球ばかりしていて一年留年した。松本高校の体育教師は彼に97点という成績をつけたが、これはこの教師が松本高校で教えていた期間中最高の点数だったという。
    著作
    「好色五人女」(校注) 『西鶴集 上』日本古典文学大系(1957、岩波書店)
    『国書総目録』市古貞次監修 共編(1963−1976、岩波書店)
    『西鶴 上・下』講座日本文学・松田修共編(1978、至文堂)
    『日本永代蔵』(1978、明治書院)
    『日本文学全史 近世』編著(1978、学燈社)
    『近世日本文学』清登典子共編著(1992、放送大学教育振興会)
    『国文学入門』島内裕子共編著(1996、放送大学教育振興会)
    【ウィキペディア より】
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    ●堤先生のお仕事では、何と言っても、『国書総目録』ではないかと思う。私は、重友先生を介して、何度か、御指導を頂いたが、実は、電話でお話はしたが、2人でお会いする機会はなかった。『仮名草子集成』の原本の件か何かで、緊急を要し、お電話させて頂いた。「深沢と申しますが?」と申上げたら、「可笑記の深沢君だろ、井関隆子日記の深沢君だろ?」と申された。私は、堤先生から、このようなお言葉を頂き、光栄に思い、心から感謝した。
    ●実は、堤先生は、御茶ノ水女子大学の大学院で『井関隆子日記』を採り上げて下さった。これだけでも、いくら感謝しても、感謝し足りない。先生が放送大学へ移られた時、昭和女子大学の特殊研究講座にお願いしたが、時間の御都合がつかず、実現しなかった。今も、残念に思っている。


    『国書総目録』