如儡子の辞世詠

2017.05.23 Tuesday

0
    荻生待也氏の〔辞世詠〕

    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
    2014年07月24日
    ●コンテンツの配列は没年月日順です。没年月日が未詳または特定できない場合は、およその見当で繰り入れてあります。
    ●構成は、整理番号(1〜1000)/人物名/ひらがなよみ/辞世詠歌/●人物レファレンス/死没年月日・死因/享年/物故状況などの補記(必要に応じて)
    ●同一人に2以上の辞世等がある場合は親番号-子番号で区分し、重複を避けてあります。
    ●用いた文献、出典等は多岐にわたり、表記法も異なります。本コンテンツの場合、出典準拠に従っているため、全体通しの統一表記にはなっていません。また『古事記』や『万葉集』に使われている真名(表音漢字)は、読みやすさを配慮して、漢字かな混じり分に改めました。
    ●人物レファレンスは最低限にとどめてあります。必要に応じ人物事典などで補ってください。
    明25日から本文に入ります。よろしくご愛読ください。 荻生待也

    2014年07月25日
    辞世詠1 日本武尊

    カテゴリ:和歌の辞世
    コメント数:0 コメント
    辞世詠1 日本武尊 やまとたけるのみこと
    をとめの 床の辺に 我が置きし 剣の太刀 その太刀はや
    ●景行天皇(記紀第12代)の皇子で、古代伝説上の英雄。『古事記』に見える5世紀の人物。*命は東征の途中、伊勢の能褒のぼ野ので客死している。その不幸だった一生を暗示する絶唱で、我が国初見の辞世とみなしてよかろう。

    2015年07月10日
    辞世詠291 如儡子

    カテゴリ:和歌の辞世
    コメント数:0 コメント
    辞世詠291 如儡子 にょらいし
     
    身はかくて死すともこの書見ん人の 知恵の鑑の影は離れし

    ●江戸前期の仮名草子作者。延宝二年(1674)の没、享年未詳。
    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
    この如儡子の歌は、『百八町記』の跋に記載されている。
    昭和5年9月30日発行の『日本思想闘争史料』では、

    薪つき滅なん跡の思ひ、おとこのもとごとにのこすことの葉、身はかくて死すとも此書みん人の智恵の鑑の影は離れじ。

    と翻字している。しかし、野間光辰氏は、

    薪つき滅なん跡の思ひ出とこのもとごとにのこすことの葉
    身はかくて死すとも此書みん人の智恵の鑑の影は離れじ

    と歌二首と解釈している。版本は末尾に掲げる如くなってる。「■」を「お」と読むか、「出」と読むか。私は、野間氏に従って、「出」と読み、歌二首と解釈したい。「子のもと毎に」と読み、2人いた子供ひとりひとりに、と解釈したいと思う。


    ■荻生待也氏の〔辞世詠〕


    ■『百八町記』の後序

    ■拡大