「慢心あった」ら辞める

2016.06.07 Tuesday

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    ●今日の朝日新聞に、舛添東京都知事の件で、「慢心あった」と
    報じている。
    ●私は、まだ、昭和女子大の助教授時代に、千葉市民文化大学で、
    上田秋成や井関隆子について講演させてもらっていた。
    ●来年もお願いします、と、千葉市の担当者から依頼されて、
    楽しく出講していた。5年目か6年目のこと、所沢の家を出るのが、
    少し遅れた。少しの遅れが、乗り継ぎで増幅して、定刻に間に合わない。
    特急でもタクシーでも無理。
    ●来年も、また、次の年も、お願いします、と依頼されていて、
    私の中に、いつか、「慢心」が生じてしまったのではないか。
    ●結局、120分の講義のところ20分遅刻した。日本古典文学のコースは、
    人気があり、100名の定員をオーバーしていた。私は、家を出るのが、
    ちょっと遅れました、とは申し上げられなかった。体調を理由にした。
    迫真の演技で壇上に立った。最前列の年輩の女性の方が、先生、辞めても結構
    ですよ、と言ってくれた。テーマは、何と『雨月物語』の「菊花の約」である。
    何とか、最後まで講じて、受講者に対して、遅刻のお詫びをして、講堂を出た。
    ●市民文化大学の担当者に、お詫びして、来年からは出講出来ないむねを伝えた。
    以後、定年まで、大学の講義以外の講演は辞退してきた。その後、教務部長から、
    館山の市民文化講座で講義するように要請があったが、これも辞退した。
    加藤教務部長が理由は何だ、と申されたので、まだ、1人前の研究者ではないので
    研鑽を重ねたい、とお応えした。
    ●大学定年後、諸方面から講演を依頼され、これには、喜んで出させて頂いている。
    研究者にとって、人間にとって、「慢心」は絶対にいけない、そのように私は心掛けている。
    ■今日の朝日新聞