郷里の大先輩、若宮貞次先生

2016.02.27 Saturday

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    ●今日、小学校の同級生、佐野君から電話がきた。特に用事はないが、
    その後、変わりはないか、というもの。お互いに老化して、忘れっぽく
    なったが、と言いながら、幼い頃の話題は尽きない。佐野君も短歌に
    取り組んでいるので、若宮貞次先生のことに話題が及んだ。
    ●上伊沼も下伊沼も、変わったよ、としみじみ語る。そう言えば、
    若宮先生は、4年前、こんな歌を発表された。

    ○ふるさとの二十枚のわが放棄畑起こすか貸すか調査書来たる

    ○かへりみずありしふるさとの山畑を売る気のあらず貸す気のあらず

    ○若ければあるいは行きて耕さむ放置しをりし甲斐のわが畑

    ○人らより山猿多き集落となりし甲斐のわが上伊沼

          (短歌雑誌『あかね』2012年5号)

    ●若宮先生の実家は、大きな倉のある、立派な家だった。山梨師範を
    出られて、山梨と東京で教員生活をしながら、短歌の世界に生涯を捧げられた。
    先生は、少年の頃から島木赤彦の歌を尊び、五味保義先生に師事されて
    歌の道に精進してこられた。保義先生は、あの五味智英先生のお兄さんだという。
    ●私は、島木赤彦を師と仰ぐ、横山重先生に大変な御指導を賜った。歌人活動から
    古典研究者に転じてからの横山先生からである。そのような関係もあって、
    若宮先生は、あたたかく接して下さった。
    ●若宮先生が、人より山猿の方が多いと詠じた故郷・甲斐の上伊沼。
    私は、その下伊沼の富士川の川べりで育った。その故郷は、今、過疎化している。
    先生の歌から、その真情がひしひしと伝わってくる。

    ■郷里 甲斐の国、身延町 上伊沼・下伊沼
     左上が 上伊沼 右下が 下伊沼 その右が富士川


    ■上伊沼の拡大図 この中に、若宮先生のお家がある ?


    ■下伊沼の拡大図 
     国道沿いにある、細長い家が、私の実家