通念のイドラの呪縛力恐るべし

2016.07.11 Monday

0
    ●昭和59年、1984年、4月号の『国文学』に、佐伯彰一氏は
    「日記が「文学」になるとき――脱制度の意味」という評論を発表され、
    当時の日記文学研究の現状に、痛烈な一撃を加えられた。
    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

    通念のイドラの呪縛力恐るべし。いったん「制度」と化した文学観は、まことに広くかつ長く人々を縛りつづけて、放さない。

    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

    ●当時の古典文学大辞典の「日記文学」の定義は、極めて偏ったものであったので、
    その辞典で学習した方々は、皆々、そのように理解していた。あたかも、
    それが正論の如く、縛りつけられていた。
    ●私は現役の頃、ある中古文学専攻の御仁と、日記文学について論じ合った
    ことがある。私は、その方に、辞典の知識ではなく、作品そのものを、
    自分の感受性をもって読んでから、もう一度、話し合おう、と申上げた。
    文学研究者には、作品に対峙して、その美的情趣を感受する力と、その底流にある
    作者の意図を見抜く力とが要求されるのである。
    ●あれから、30年以上が経過している。「日記文学」の定義にも変化が
    出てきているように思う。佐伯氏の言う、
    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

    文学史とは、じつは文学概念変改の歴史に他ならない。

    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

    という意見も、誠にもっとも、である。

    ■『国文学』第29巻5号 昭和59年4月号