『桜斎随筆』 の活用 2

2016.10.22 Saturday

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    相撲の史跡・好角土俵

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    2008年1月12日 (土)
    桜斎随筆
     国会図書館関西館で鹿島則孝編著の『桜斎随筆』(本の友社刊)を見る。あらかじめ相撲に関する記述が何巻に載っているかはネットで調べてある。

     文政十三年の上覧相撲、泰平年表にある阿武松の待ったに将軍が谷風小野川の先例をもって稲妻の勝ちにしたという話に触れているが、著者は地元出身の稲妻よりも阿武松の人となりをほめたたえている。講談などに仕組まれた話が影響しているような気がする。

     古今角觝高名の者として仁王仁太夫、明石志賀之助、釈迦ヶ嶽雲右衛門、谷風梶之助、小野川喜三郎、九紋龍清太夫、鬼面山与市右衛門、雷電為右衛門(桶側胴一枚肋)、大空武左衛門、生月鯨太左衛門、白真弓肥太右衛門とおきまりの巨人が並ぶ中に剣山谷右衛門がおり、十六年続けて東大関を勤め、年寄となりたる時は五十三歳也、能き抱え主なき故横綱に成ず、などとある。???

     唯一の収穫は嘉永三年五月福寿院旧地での興行について番付があり、「但二段目ニ住ノ井大助と云者あり当郡平井村住人此時田舎年寄也」と書かれていたこと。平井村は現鹿嶋市平井、前場所限りで地方頭取になったことがわかり、墓もあるやもしれない。

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    ●『桜斎随筆』は、幕末・明治の膨大な記録である。
    様々な内容が記録されていて、大変便利な遺産である。
    きちんと、資料批判を加えて利用すれば、則孝の苦心も
    報われる。