『庄田家系譜』(正・副) 、昭和女子大学図書館へ

2017.02.28 Tuesday

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    平成16年5月1日(土)
    『庄田家系譜 副本』増補完了

    ●井関隆子の実家は庄田家である。庄田本家の嫡祖は、徳川家康に仕えた安勝。3000石を食む旗本であったが、長男・安利に2600石を、次男・安僚に400石を与えて、これを分家とした。隆子は、この分家の出である。
    ●庄田家には、系譜が、正本と副本の2点が伝えられている。正本は巻子本で、極めて貴重な存在であるが、これは、7代・安明までの記載である。これに対して、副本は冊子本であるが、10代・満洲五郎まで記載されていて、これはこれで存在価値がある。
    ●11代・安豊氏は、大妻女子大学の教授として活躍されていたが、平成15年2月7日、58歳の若さで他界されてしまわれた。安豊氏の実母の澄江氏は、この副本に、11代まで記録して、系譜を締め括りたい、という希望を出された。井関隆子を研究している私としては、断る訳にもゆかない。そこで、原稿を書いてもらって、増補することにした。
    ●本日届けられた『庄田家系譜 副本』の末尾には、次の如くある。
    「追記 平成十六年四月三十日/庄田安豊母 井下澄江 稿/昭和女子大学講師 承春先 書」
    つまり、今回の増補の追記は、本学の講師の承春先先生に依頼して書いて頂いた。
    ●私は、この重大な仕事を進めるに当たって、熟慮した。承先生の、展覧会での作品や、学生指導の様子、年賀状の文字、研究発表の内容、そして、何よりも、その人柄に引かれて、先生に白羽の矢を立てた。先生の側からすれば、文字通り白羽の矢を立てられた訳で、御迷惑であったかも知れない。しかし、先生は快く引き受けて下さった。
    ●4月17日、貴重な原本をお渡しした。あれから2週間、もう、そろそろか、昨夜、お電話をしようかと思った。しかし、芸術家をせきたてるのは失礼か、と一旦とった受話器をおいた。本日、2講時終了後、承先生が研究室に見えられ、補写完了の系譜を持参して下さった。
    ●昨夜、書写完了の見通しがつけば、私宛に電話しようと思った。しかし、時間は過ぎてゆき、完了は12時少し前であった。で、「四月三十日」とし、電話はできなかった。と承先生は申された。
    ●先生は、今回の書写に先立ち、母国・中国の父君に電話して、書体やその他の事に関して、指導を受けたという。父君は、書体はいずれでも問題はない。大切な事は、一字一字、真心を込めて書くことである。と教えて下さったという。
    ●私は、今、増補完了の『系譜』を手にして、承先生の墨書を読みながら、落涙に及ぶ寸前である。原稿を書いて下さった井下澄江氏も、黄泉の安豊先生も、きっと喜んで下さるだろう。だから、人間の社会は楽しいのである。承先生とお父さんに感謝。

    平成16年7月22(木)
    『庄田家系譜』(正・副)の閲覧

    ●昨21日、3時に、井関隆子の実家の庄田家の方が『庄田家系譜』(正本・副本)の閲覧にお出でになった。グループ研究室を予約しておいて、ゆっくりご覧頂いた。庄田家第11代安豊氏が昨年2月急逝され、実母の井下氏から本学に寄贈されたものである。本学図書館・桜山文庫に『井関隆子日記』の原本が所蔵されている関係による。
    ●私は、この日記の研究過程で、第10代・満洲五郎氏の弟の金造氏にもお世話になり、大妻女子大学教授であった、安豊氏にも大変お世話になっている。本日来学されたのは、金造氏のお子様の豊彦氏と信彦氏である。お二人とも、御自分の先祖の系譜を、心ゆくまでご覧になって帰られた。
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    ●●これは、現役時代の、昭和女子大学のサイトの、私の日録である。一つは、『庄田家系譜』(副本)の追加補筆を、昭和女子大の承春先先生にお願いした時のもの。もう一つは、庄田家第10代満洲五郎氏の弟・金造氏の御子息が、『庄田家系譜』(正本・副本)を御覧になるため、昭和女子大学図書館にお出でになった時のものである。
    ●●実は、庄田家第11代安豊氏が、平成15年2月急逝された。実母の井下澄江氏によれば、安豊氏は、生前、『庄田家系譜』を大切に保管してきたが、今後の処置に関して、悩んでおられたという。ちょうど、井関隆子が、庄田家の出生という事もわかり、それだけでも、大切に保管してきた意義はあったと思う。このあたりで、この系図を締め括ることも考えられる、ともらしておられた由である。
    ●●そのような、安豊氏の遺志を受けて、母上は、この『庄田家系譜』(正本・副本)を、『井関隆子日記』の原本が所蔵されている、昭和女子大学図書館に寄贈したい、という申し出をされた。私は、図書館長とも相談して、この御厚意をお受けして、『井関隆子日記』の原本と共に保管させて頂くことになったのである。
    ●●庄田キチ・井関隆子も、庄田安豊氏も、井下澄江氏も、庄田金三氏も、今は、黄泉の人である。この処置を喜んでくれていると思う。私も、井関隆子の研究者として、よかった思う。
          平成29年2月28日  深沢秋男

    ■『庄田家系譜』(副本)