定年後の計画、予定と結果

2017.03.02 Thursday

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    ●●定年の時、私は定年後の計画を、大学の自分の日録に、次の如く書き込んでいる。それから、12年間が経過した。結果はどうか。各項目を一渡りながめると、人様から依頼された事は、どうにかこなしたと言えるかもしれないが、自分のことが、実現していない。致し方のない、人生だと思う。


    平成17年3月1日(火)
    定年退職後の計画(予定)
    ●定年退職後は、自分の研究のまとめをしたいと思う。何年か前のある人の年賀状に、私も80歳になったので、研究のまとめをしたい、とあった。この方は、多分、まとめは出来ないだろうと思う。まとめる分量にもよるだろうが、80歳では遅すぎるだろう。私の見るところ、70歳でなければ、まとめは出来ないように思う。
    ●私は、これまで、校注・校訂・複製等の単行本を約50冊出した。しかし、雑誌等に発表した論文を集めて単行本にした事は一度も無い。言ってみれば、リプリントのような作業は、余り意義は無いと考えているからである。しかし、これで、現役を引退する訳だし、個人的な人生の締めくくりとしては、これも悪くはない、と思う。そこで、これまで雑誌に発表した論文や、単行本等の解説などを主題別に編纂して出したいと思う。

    ■研究書の出版
     慍礁樵雹劼僚饂鏗愿研究』
    ◆愃愼親盛(如儡子)の研究』
    『鈴木重嶺(翠園)の研究』
    ぁ惷畧な験愡┿次
    ァ愡録集 付、年譜・著作年表』?
    ■資料等の出版
     愬}柑卉「百人一首注釈」砕玉抄』
    ◆愃愼親盛(如儡子)全集』
    ●果たして、どこまで実現するか覚束ない。特に『・・・全集』は膨大であり、5巻位になるだろうから、これは困難なところがある。しかし、その他のものは、是非出版したいと思う。

    ■執筆活動等
    ●私は、これまでの執筆活動で、原稿料の出るものは極力避けてきた。お金になる仕事となると、何故か意欲がわかない。結果的には、他の方に回したり、出版社が怒って関係資料を引き上げられたりした。50冊ほど単行本も出したが、印税は全く貰っていない。(本は頂いたが、お金は貰っていない。)。また、昭和女子大以外から、非常勤講師の依頼も3回ほどあったが、全てお断りしてきた。講演なども、アチコチから依頼されて、応じてきたが、千葉の市民文化大学での講演(上田秋成の『雨月物語』)を最後に、全てお断りしている。本学で協力していた館山市の講座で、芭蕉について話すようにとお声をかけて頂いたが、これもお断りした。理由は、未だ一人前の研究者ではない、と自覚したからである。
    ●一人前になったかな、と自分で思ったのは、日本女子大の、石川松太郎先生の主宰される学会でお話した時である。一般よりも遅い自立ではあった。今後は、お金になる原稿も書きたいと思う。現に、何点か依頼がきているが、これらも喜んで執筆し、原稿料や謝礼を頂くことにしている。年金生活者となる訳であるから、あまりミギレイにばかりにもなっていられないだろうと思う。講演も依頼があれば、今度はお受けして、謝礼も頂くつもりである。勿論、原稿料や講演料のない仕事の方が、楽しくもあり、これらを優先させてゆく事に、些かの変りも無い。

    ■困った、大事業
    ●大先生から、私の定年を待っていたかの如きタイミングで『・・・・集成』を引き継いでくれ、と依頼された。このシリーズは、現在、36巻まで出版され、おそらく完結は60巻にはなるものと予想される。これはオオゴトである。私の人生設計からすると、予定外の事で、しかも命取りにもなりかねない大事業である。本心ではお断りしたい。しかし、人間として、研究者としては、迷うところである。自分勝手な事も随分してきたが、ここは、お引き受けせざるを得ないか・・・。若い研究者の協力を頂いて、完結を目指すか・・・。今、思案中である。

    ■『近世初期文芸』の継承
    ●私は、昭和44年12月、島本昌一氏と共に「近世初期文芸研究会」を設立して、機関誌『近世初期文芸』を創刊した。現在、第21号まで発行し、近世初期の論文をかなり発信してきた。執筆者も次第に増えて、内容も充実してきた(と、自分では思っている)。
    ●創刊以来35年間、全て私が編集実務を担当してきたが、定年を機に、この4月1日から、若い研究者、甲南女子大学の菊池眞一氏に引き継いでもらう事にした。近世初期の文芸状況を解明したいと、熱い意欲をもって創刊した学術雑誌が、曲がりなりにも、ここまで続き、さらに、私の後を継承してもらえる事に感謝せずにいられない。