如儡子、松平定政に『可笑記』を講ず

2016.05.24 Tuesday

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    ●近世初期の、激動の時代に、幕府転覆の大事件が発生した。
    慶安4年の由比正雪の乱である。この時代に、『可笑記』の
    作者は、江戸の街に住んでいた。そこから、次のような小説も
    書かれたのである。

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     松平定政が大久保彦左衛門を連れて行こうとしているのは、たばこの会である。
     松平定政が、たばこの会のことを知ったきっかけは二つあった。一つは、かれの兄で桑名十一
    万石の藩主である松平定綱が由比正雪を知っていたことだ。由比正雪とたばこの会とは直接つな
    がりはないが、たばこの会を主催している丸橋忠弥と金井半兵衛は正雪の高弟である。兄松平定
    正雪を主人の定綱に会わせようと思い立った。定綱に話すと、定綱も前々から正雪のことをよく
    聞いていたので、

     「ぜひ、会いたい」
     といった。そこで二人の案内で由比正雪は桑名城に行った。
     この日、城主でありながら松平定綱は、師に対する弟子の礼をとって、自分は下座に下がり上
    座へ正雪を招いた。定綱がどこまで由比正雪を尊敬していたのかどうかわからないが、この時の
    光景を見ていた人間は、
     「由比正雪の容姿があまりにも立派なので、お殿様が迫力負けして、自然にそういう態度をとら
    れたのだ」
     と語っている。この話を松平定政は兄の家中から聞いていた。
     「由比正雪という人物はそれほど大したものなのか?」
     と思った。もうひとつは、『可笑記』を書いた斎藤清三郎の話によってである。松平定政は大
    久保彦左衛門の書いた『三河物語』や、斎藤清三郎の書いた『可笑記』をほとんど暗記するほど
    読み込んでいた。大久保彦左衛門は旗本だからよく会うし、また定政の方から積極的に接近して
    彦左衛門のひととなりは自分なりにつかんだ。斎藤清三郎は浪人である。思い立つとのめりこむ
    定政は斎藤に働きかけて、自分の屋敷に来てもらった。
     「『可笑記』について、わからないところがあるので講義してほしい」
     というのがその理由である。斎藤清三郎は了承した。以後、斎藤を呼び込んでは、定政は自分
    が読み込んだ『可笑記』について疑問とするところをただした。斎藤清三郎は丁寧に答えた。そ
    ういうやりとりが何度も続くうちに、斎藤清三郎がある日こんなことをいった。

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    ●これは、童門冬二の小説『老虫は消えず』1994年
    10月30日、集英社発行。の
    一節である。この小説では、如儡子の『可笑記』は、
    幕府内部で、危険な書物として
    話題になっていて、如儡子は、由比正雪の会に参加している。
    現代作家には、このように如儡子、斎藤親盛は映ったのである。
    ■童門冬二『老虫は消えず』