『樋口一葉日記』  と 『井関隆子日記』 2

2016.03.06 Sunday

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    ●私は、野口武彦氏の論説に触発されて、『樋口一葉日記』
    を改めて読み直した。なるほど、なるほど、と思った。
    初期の一葉の日記の文体は、まるで、『井関隆子日記』と
    同じような文体だったのである。これは、何を意味するか。
    ●昭和女子大学の、私の『井関隆子日記』の授業を履修している
    学生に、感想文を書いてもらった。

    ■次の日記を読んで、感想を書きなさい。
    B4判の紙には、20項ほどの文章が印字され、各文の初めに、
    ○と●が付いている。学生は、『井関隆子日記』の授業ゆえ、
    井関隆子の日記と思って、真剣に読んで、感想、批評を書いてくれた。
    何年か続けたので、延べでは、300名くらいになると思う。

    ●しかし、これは、『井関隆子日記』の本文だけではなく、春なら
    春、夏なら夏の、同じような状況の場面を、固有名詞は入れずに、
    『井関隆子日記』と『樋口一葉日記』から抜粋して、ワープロで
    印字して、並列したものであった。○と●は、その区別の印だった
    のである。
    ●学生からは、不審の声は、一度も出なかった。『一葉日記』を
    『隆子日記』と思い込んで、読んでくれたのである。私は、そんな
    ことも試してみたのである。