伝記研究の方法 ――井関隆子から齋藤親盛へ――

2016.04.19 Tuesday

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    ●私は、これまでも、何人かの歴史上の人物の伝記研究をしてきた。
    井関隆子、鈴木重嶺、鹿島則文、鹿島則孝、飯田龍一。これらは、
    従来の研究の仕方を真似して纏めたもので、反省点も多い。ライフワーク
    としての、如儡子の伝記研究もこの方法でよいのか。もちろん、野間光辰先生
    の画期的な伝記がある。しかし、そこに提出された諸資料の、熟読・吟味・検討を
    野間先生に懇請され、実行することをお約束している。
    ●そこで、思案の末、新しい、私独自の伝記研究の方法を考え出したのである。

    ■私の如儡子伝記研究
    ’}柑(斎藤親盛)調査報告(1) 『文学研究』67号 昭和63年6月
    如儡子(斎藤親盛)調査報告(2) ――父・斎藤筑後と如儡子出生の地―― 『近世初期文芸』5号 昭和63年12月
    G}柑(斎藤親盛)調査報告(3)――『世臣伝』『相生集』――『文学研究』68号 昭和63年12月
    で}柑(斎藤親盛)調査報告(4)――二本松藩諸資料―― 『文学研究』70号 平成元年12月
    デ}柑(斎藤親盛)調査報告(5) ――如儡子の墓所――『文学研究』78号 平成5年12月
    〔1〕如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題(1)――父、斎藤筑後守は「盛広」か「広盛」か――(『近世初期文芸』27号)平成22年12月
    〔2〕如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題(2)――「如儡子」は「にょらいし」か「じょらいし」か――(『近世初期文芸』28号)平成23年12月
    〔3〕如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題(3)――十五里ケ原合戦と斎藤広盛――(『近世初期文芸』29号)平成24年12月
    〔4〕如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題(4)――斎藤広盛と藤島城――(『近世初期文芸』30号)平成25年12月
    〔5〕如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題(5)――斎藤広盛、慶長出羽合戦から最上家改易まで――(『近世初期文芸』31号)平成26年12月

    ●これらは、伝記資料の調査報告であり、歴史上の事実の調査報告に集中した
    のである。私の主観は、極力抑えている。
    ●我々が過去の歴史上の人物の伝記を作成する場合、さまざまな資料を使う。
    その場合、重要なことは、伝記資料のランク付けをして、資料批判を加えて、
    その上で利用すべきであるということである。
    私は、伝記資料を次のように区分すべきではないか、と考えている。
     第一資料 過去帳・位牌・墓石
     第二資料 本人の作品・著作・自筆の記録類
     第三資料 公的記録(幕府の史料、藩の史料、市町村の記録、棟札、地図等)
     第四資料 父・子・先祖・子孫・親族・友人・知人等の関連資料
     第五資料 軍記・軍書・物語
     第六資料 その他
    ●このような方法で、如儡子の伝記資料の報告をしてきたが、その研究活動は、
    なかなか理解してもらえなかった。中には、それが研究ですか? と批判された
    方もいた。新機軸は、なかなか理解されないようである。その方々にも、50年、
    100年経てばわかってもらえるかも知れない。
    ■如儡子(斎藤親盛)調査報告(1) 『文学研究』67号 昭和63年6月


    ■〔5〕如儡子(斎藤親盛)の伝記に関する諸問題(5)――斎藤広盛、慶長出羽合戦から最上家改易まで――(『近世初期文芸』31号)平成26年12月