文明の利器に乗れない人々

2017.01.25 Wednesday

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    ●文明の利器は、活用すべきである。私は、仮名草子作品の諸本調査で全国の図書館を訪れた。かつては、夜中にブルートレインで東京を出た。しかし、新幹線が走り、空港が各県に開設され、移動が効率化してきた。この時代の私達は、先学の実績以上のことをしなければ申し訳ない、そう思って諸本調査を続けたものである。
    ●パソコンの波が、会社にも大学にも波及してきた。早稲田大学の谷脇理史先生は、大学からパソコンが全員に支給され、パソコンが出来なければ、全てが進まない、と話しておられた。昭和女子大も、その後、同様になった。
    ●私は、所属する教員の方々に、パソコン利用をお願いした。対応は様々であった。既にパソコンを持っていた方々、即座に購入して習い始めた方々。ボクは書き原稿で通して、パソコンはやらない、と申した御仁。大学の新聞などに、パソコンを習う前に、日本語の勉強をして欲しい、とマジメに書いていた御仁。対応は様々であった。
    ●それから、約10年以上が過ぎた。今の状況はどうだろう。書き原稿で受取ってくれる雑誌はあるだろうか。パソコンの習熟など、日本語の勉強などと同列に扱うものではない。日本語を勉強するツールがパソコンである。
    ●いつの時代にも、文明の利器の活用が出来ない人々はいる。パソコン普及の波の中で苦しんだサラリーマンの悲哀を、しばしば見た。私は、今、81歳である。同年輩の方々が内蔵する貴重なデータが、ネット界に十分に提供されていないことを残念に思う。