斎藤筑後守の白馬 → 斎藤豪盛氏の白いセルシオ

2016.04.21 Thursday

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    ● 昭和52年6月、野間光辰先生は、福島二本松の松岡寺から、
    山形長井までタクシーに乗って、斎藤家の位牌にたどりついた。
    ● 私は、二本松市役所に問い合わせて、松岡寺の住所を確認し、
    松岡寺を調べて、長井市の斎藤家を確認して、実地調査を開始した。
    ● 昭和63年8月、この菩提寺で斎藤家の御子孫の斎藤豪盛氏と
    初めてお会いした。斎藤氏と友人の渋谷信雄氏の3人で、二本松→
    米沢→長井→山形→寒河江→鶴岡→酒田、と白のセルシオで日本列島を
    横断した。出羽三山の山脈を走破した。斎藤氏は長井市で金型の会社を
    経営していて、先祖が酒田の奉行であった事を誇りとしておられる。
    その奉行の子の親盛を研究している私に、大変な協力をして下さっている。
    白のセルシオを、武将・斎藤筑後守のまたがる白馬に見立てておられる。
    ● トヨタの名車セルシオは、実に乗り心地が良い。2時間乗っても、
    3時間乗っても、全く疲れない。斎藤氏は、歴代の白いセルシオを乗り継い
    でおられる。昨年、私達夫妻を乗せて、松岡寺の墓所、蔵王温泉を回って
    くれたのも、最新の白いセルシオだった。
    ● この車に乗せてもらって、何回も出羽三山の山脈を越え、酒田を回り、
    鶴岡を回り、羽黒山を周り、藤島も調べ、鼠ヶ関を越えて、越後の各地を
    調べ歩くことが出来た。雪の羽黒山も走ってくれた。伝記研究者にとって、
    このような、恵まれためぐり合わせは、そうそう、あることではない。私の、
    如儡子の伝記研究は、このような幸運に支えられて進めることが出来たのだと思う。
    感謝している。

    ■雪の酒田で


    ■最新型の、白のセルシオ
     平成27年6月、蔵王温泉で