伝記研究の第一資料 墓石・過去帳・位牌

2016.04.22 Friday

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    ■如儡子の菩提寺・松岡寺(二本松)
    ●このところ、如儡子の御子孫、斎藤家第13代、斎藤豪盛氏の手記の
    原稿の編集を進めている。原稿を読み進める度に、往年が思い出される。

    ●如儡子・斎藤親盛は、福島の二本松の松岡寺に眠っている。
    万治3年(1660)に、子息、秋盛が、二本松藩の丹羽家に召抱えられ
    たので、斎藤家は、江戸から二本松に引っ越した。次の年、寛文元年に、
    親盛の娘が没する。斎藤家は、この時、臨済宗妙心寺派、神龍山松岡寺を
    菩提寺に定め、代々、一族を葬ってきたものと推測される。

    ■松岡寺の過去帳
    ●松岡寺には、第2世湛宗祖海禅師の編した『松岡寺過去帳』が現存する。
    誠に貴重な存在である。如儡子の項には、次の如く記されている。
    「八日/武心士峯居士/延宝二甲寅三月/俗名斎藤以伝」
    形式は、やはり祀堂帳形式である。松岡寺には、この他に、第4世震宗水編
    のものと、満願寺第16世大隈正光氏編の3点があり、現在、松岡寺は
    平素無住で、福島市満願寺の大隈正光氏が保管されている。
    ●私は、この3点の過去帳を徹底的に調査させて頂き、斎藤家の関係者、
    1人1人に通し番号を付けて、伝記調査の基礎資料にした。
    ■松岡寺の斎藤家関係の位牌
    松岡寺には、斎藤家関係の位牌、2柱が保存されている。
    ■斎藤家には、11柱が現存する。
    これらの記載事項も、信頼できる伝記資料として活用した。
    ■斎藤家の墓所
    斎藤家の墓所は、松岡寺の墓域に入って、すぐ右手にある。幅4m55cm、
    奥行8m22cmと、かなり広い。伝記研究の立場からすると、非常に残念な
    ことがある。それは、昭和44年に全面的に改葬されてしまったということである。
    寛文以来の、古い状態が見られないのである。

    ■松岡寺 仏壇
     献灯、長光院本源道徹居士 は、第12代、興盛。

    ■松岡寺過去帳


    ■六日の条 下段 左から2行目
     玄光妙宗大姉 は、如儡子の妻 寛文3年7月以後