『近世初期文芸』 第33号

2016.09.01 Thursday

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    ●いよいよ9月に入った。高校までは、もう後期が始まった。
    大学は、あと1ヶ月。ここが研究をまとめる期間である。
    現役の方々は、正念場を迎えた。リタイアして10年、
    私の9月は少しゆるやかなものである。しかし、9月末は、
    『近世初期文芸』第33号の原稿の締切である。
    ●定年後、10年を経て、なお、原稿締切のある研究生活、
    これは幸せなことだと、感謝している。
    ●私が、研究を始めた頃、重友毅先生を中心とする、法政大学
    の先輩の方々が編集・発行しておられた、学術刊行物『文学研究』
    があった。私は、この日本文学研究会の常任委員にして頂いた。
    しかし、常任委員15名、全国に数百名の会員がいた。年3回から
    4回の発行。これでは、そうそう、簡単に論文は掲載してもらえない
    だろう。
    ●そこで、昭和44年、初期俳諧を研究されていた、島本昌一先生・
    荻野秀峰先生と相談して、近世初期文芸研究会を立ち上げて、
    『近世初期文芸』を創刊した。編集実務は私が担当した。この雑誌は、
    同人誌のようなものであるので、いつでも発行できる。しかし、執筆者が
    1人では雑誌にならない。島本先生と私だけは、毎号執筆することにした。
    その後、多くの方々が参加して下さった。
    ●平成19年、日本文学研究会は解散し、機関誌『文学研究』は第95号で
    終刊した。研究会は55年間の研究活動に終止符をうった。
    ●私達は、『文学研究』の終刊に備えて、芸文稿の会を創設し、研究活動を
    継続し、機関誌『芸文稿』を創刊したのである。
    ●私は、このようにして、執筆した原稿の発表の場に困らないようにしてきた
    のである。単行本も、70冊ほど出して頂くことができた。出してくれる出版社
    がない時は、自費出版でも本にしてきた。原稿は、机の中にはストックしない
    方針である。
    ●昭和女子大学の研究誌『学苑』には、「日本文学紀要」を除いて、ほとんど
    執筆していない。これには、理由がある。新任早々の頃、ある方から、余り
    たくさん投稿しないように、と注意されたのである。私の執筆量が多いので、
    その方は、クギを指したのだろう。以後、私は、昭和女子大と関係のある、
    鈴木重嶺以外のことは、一切投稿しなかった。人見学長は、そのことをとがめて
    会議の席上で、暗に指摘されたが、私は定年退職まで、その方針で通した。
    ●さあ、9月、『近世初期文芸』第33号には、何を執筆するか。それが問題だ。
    ●前田金五郎先生は、晩年、『近世初期文芸』に原稿を寄せて下さった。
    先生は、90歳の時に、大著を刊行されて、研究活動に終止符を打たれた。
    私の目標とする先生である。

    ■『文学研究』創刊号

    ■『文学研究』終刊号


    ■『近世初期文芸』第1号


    ■『芸文稿』第1号