最上義光 歴史秘話ヒストリア

2016.11.18 Friday

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    最上義光 歴史秘話ヒストリア 11月18日
    ●今日の、NHKの〔歴史秘話ヒストリア〕は、最上義光を採り上げた。
    とても、面白く見た。この武将、義光と同じ時、同じ所で、如儡子の父、
    斎藤広盛は戦った。

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    最上 義光(もがみ よしあき)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての出羽国の大名。最上氏第11代当主。出羽山形藩の初代藩主。伊達政宗の伯父にあたる。関ヶ原の戦いにおいて東軍につき、最上家を57万石の大大名に成長させて全盛期を築き上げた。兜は、三十八間金覆輪筋兜。【ウィキペディア】
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    歴史とは過去の出来事。現代の私たちは本来、歴史の真実を知ることはできません。そういう意味では「教科書に書かれていることがすべてではない」と思います。そこが歴史のロマンであり、魅力のひとつ。歴史秘話ヒストリアは、みなさんに歴史への感心と興味をお届けする番組です。そして今回は、戦国一のワルの素顔を暴きます。

     「奸悪(心がねじけて悪い)」といわれた山形の武将・最上義光と妹・義姫をご存じですか?
     出羽国の覇権を握った義光と、「鬼母」なんて評されることもある妹の義姫。やったことといえば「毒殺」、「裏切り」、「だまし討ち」。ああ、なんて恐ろしい。
     あの東北の英雄・伊達政宗は自分の母親に毒を盛られ、死のふちをさまよった、と伊達家の正史に記されています。その首謀者こそが政宗のおじにあたる最上義光であり、実行犯は実母の義姫だったのです。この事件によって、息子(おい)の命すらねらう残忍な人物として2人の名は歴史に刻まれることになりました。
     最上の“奸悪”、これだけではありません。ほかにも、他家の家臣を利で誘って裏切らせたり、ジャマな武将をだまして殺害したりと、目的達成のためなら何でもアリ。その手段を選ばないカンジが怖いというかイヤというかなんとも…。
     このように最上兄妹の悪名、これまでなにかとささやかれて参りましたが、さて地元はどうでしょうか?ちょっと確かめようと、私も兄妹のふるさと・山形へ行って参りました。
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    ■歴史秘話ヒストリア 11月18日