山梨交通の社長さん

2017.08.24 Thursday

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    ●今日、山梨日日新聞からのツイッターで、どこかで聞いたような名前〔雨宮正英〕が飛び込んできた。何年か前に、山梨出身の外交官〔埴原正直〕の伝記を調査していると手紙を貰った方である。なんと山梨交通の社長さんだった。
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    山梨日日新聞社認証済みアカウント @sannichi 8月21日
    その他
    今週のさんにちEye「役員室 拝見!」は、山梨交通(甲府市)の雨宮正英さんにご登場いただきました。路線バスの事業展開をはじめ、小佐野賢治さんの人柄に触れるエピソードや新交通システム「BRT」に寄せる思いなどについて語っています。http://www.sannichi.co.jp/article/2017/08/18/80107979 …
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    埴原正直伝記研究 刊行
    平成23年9月のブログ

    ●昨日、山梨県甲斐市の雨宮正英氏より、『駐米大使 埴原正直――生誕135年 没後77年を記念して――』(A4版、126頁、雨宮正英編集、平成23年9月1日発行、非売品)を拝受した。埴原正直の見事な伝記である。

    ●本年2月、甲斐市の雨宮氏から1通の手紙が届いた。郷土山梨の大先達埴原正直の伝記を調査しているが、私(深沢)のHPを見たら、飯田龍一氏・飯田義一氏のことが出ている、その住所が埴原正直と関係があるらしい、というもの。それから、何回か遣り取りをして、私は、歴史上の人物の伝記研究に関して、調査の徹底をお願いした。その結果が、本日、目の前にある。

    ●著書の表紙には、

    『駐米大使 埴原正直――生誕135年 没後77年を記念して――』

    「山梨に生まれ、明治・大正期の日米外交に尽くした栄光と波乱を解き明かす by Masahide Amemiya」とあり、下の部分に、「Little Hani Small Hanny」とある。

    ●埴原正直(はなはら まさなお)は、明治9年(1873)山梨県に生まれ、明治30年東京専門学校(早稲田大学)を卒業、外交官試験合格、アメリカ大使館勤務、大正12年(1923)駐米大使となる。

    ●雨宮正英氏は、同郷の偉大な外交官・埴原正直の伝記が殆ど知られていないことに着目して、その調査を開始された。早稲田大学・国会図書館をはじめ、御子孫の方々にもお会いして、丁寧で徹底した調査をされ、その成果として、大量の記録と原物の写真を収集・公開された。

    ●埴原正直の法名は「顕揚院殿雄心正直日功大居士」である。妻ミツは、飯田義一の二女である。法名は「芳寿院釋慈徳信女」ある。本書の「46、埴原正直の人物像から学ぶこと」を読む時、著者の埴原正直に対する、絶大な尊敬と敬愛を思わずにいられない。歴史上の人物の伝記作成は、この思い無しには、良い成果は挙がらないだろう。著者の研究姿勢に心から敬意を表する。
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    ●山梨交通の経営者でありながら、これだけの伝記研究の結果を残された、雨宮正英氏に対して敬意を表する。

    ■山梨日日新聞 より




    ■雨宮正英 編
     『駐米大使 埴原正直――生誕135年 没後77年を記念して――』