名刺 雑感 

2018.10.20 Saturday

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    名刺 雑感 

    松本誠 東海産業短期大学 教授 昭和61年7月16日

    しかし、この時が初対面ではない。私は、松本先生が、関東短期大学教授のころから先生に、いろいろ御指導賜っていた。

    ●昭和48年から56年にかけて、近世末期の旗本女性の日記の校注をしていた。『井関隆子日記』である。この日記の中に、佐渡の歌人・蔵田茂樹との交流の様子がかなり詳しく出てくる。隆子は、天保14年1月晦日の条で、自分の創作『神代のいましめ』を茂樹に書写して贈ったと記している。この書写本が佐渡に伝存しているか否か調査したが未詳であった。
    ●しかし、学習院大学図書館の雕虫居写本の中に『迦美世能伊末志米』が収録されている事がわかり、早速、閲覧調査してみると、その巻末に、
    「明治十七年十二月三十一日自薄晩至初更写歌集底本鈴木氏翠園叢書之一也 市谷書院」
    とあった。
    ●底本が鈴木氏の「翠園叢書」である事は判明したが、「翠園叢書」は『国書総目録』によれば、国会図書館に一冊を所蔵するのみで、これには収録されていない。
    ●このような状態で数年が経過した。昭和51年12月号『国語と国文学』の雑誌要目の中に、松本誠氏の鈴木重嶺に関する論文を発見、初めて松本先生にお会いすることができた。関東短期大学で松本先生の電話番号を教えてもらい、先生のお宅に電話して、お願いの要件を伝えて、自由が丘のモンブランで、初めてお会いすることができた。当時は、現在とは異なり、プライバシーの問題が今ほど厳しくなく、電話番号も教えてくれたが、情報の検索は、今ほど進んでおらず、印刷物の調査に限られていた。

    ●実は、松本誠先生は鈴木重嶺の御子孫であり、最後の佐渡奉行であった重嶺の旧蔵書を全て所蔵しておられた。待望の『翠園叢書』全68巻67冊も閲覧させて頂くことができた。
    ●井関隆子の『神代のいましめ』がこの叢書に収録されたのは、蔵田茂樹の子の茂時が佐渡奉行の鈴木重嶺に献上したからであった。この『翠園叢書』には、他にも隆子の作品が収録されており、以後も松本先生には大変お世話になっていた。
    ●国語学者の先生は、生粋の江戸っ子で、あらゆる振る舞いが粋だった。森銑三先生の三古会にも連れて行って頂いた。ところが、世は無常。

    ●平成7年(1995)1月13日、松本誠先生は、東海産業短期大学の研究室で急逝されてしまったのである。私は、突然の事で途方にくれた。先生とは、三古会や東京掃苔会を通しても、交流があったし、さらに、先生が編纂執筆中の『同音異義語辞典』(勉誠社)に関しても相談を受けていた。法要も済んだ頃、奥様の栄子氏から、先生の蔵書の処置に関して相談された。先生には、長い間、身に余る御厚情を賜っていた関係もあり、蔵書の整理をお引き受けした。

    ●松本家蔵書・鈴木重嶺関係資料の整理
     平成7年12月27日(1995)

     冬休みに入った12月27日、奥沢の御自宅へ伺った。300坪のお宅は、街中でありながら、車の騒音も響かない閑静な所であった。道路側は小高くなっていて、大きな木が茂り、夏休みなどには、先生が木々の手入れをすると仰っていたことが思い出される。
     奥様は、先生御他界の後、家の中を整理して、ゴミゴミした物は古物商に渡したものもあると仰っていた。私は、大きな日本家屋の1階と2階の各部屋に置かれた蔵書を全部整理して、3つに大別した。

     1、一般書。
     2、松本先生の著書をはじめ、国語学関係のもの。
     3、鈴木重嶺関係資料。

     これらの蔵書の処置に関しては、先生のお子様とも十分に相談して処置すべきであると申し上げた。
    1、一般書 区立図書館などに寄贈することも一案であるが、現在、図書館もスペースの関係で引き受けられないのが現状である。従って、必要なものの他は古書籍商に売却するのがよい。

    2、松本先生の著書・国語学関係 必要部数を保存し、後は古書籍商へ売却する。

    3、鈴木重嶺関係資料 文化史的に考えても価値が高いので、慎重に処理する。これも、神田の専門の古書籍商に売却するのも1つの方法である。信頼できる古書籍商を介すれば、適正に評価され、最も必要とする読者の手に渡り、活用される可能性がある。ただし、鈴木重嶺の名前を後世に伝えたい場合は、歴史博物館・国会図書館・大学図書館等に一括寄贈して、半永久的に保存する方法もある。

     このように申し上げ、神田の古書籍商の何店かの名前と電話番号を差し上げた。ただ、ここで、最も重要な事は、今は亡き、松本誠先生が喜ばれると思われる処置をする、ということである、と付言した。
     奥様は、即座に、お金は要らないので、何とか重嶺さんの名前を後世へ伝えたい、と申された。さらに、続けて、先生の昭和女子大学に寄贈したいと思うが如何でしょうか、と申される。検討してみましょう、とお答えした。
     美味しい夕食を御馳走になり、松本先生のお宅を辞去した。年末の寒い夜道を奥沢駅へ向かいながら、重嶺関係資料の処理の方法を思案した。

    ●鈴木重嶺(翠園)関係資料、昭和女子大学図書館へ寄贈
     平成8年2月20日(1996)
     『翠園叢書』全68冊、『翠園雑録』全23冊を始め、鈴木重嶺の自筆本が多い。このように貴重な蔵書の処理は慎重に進める必要がある。昭和女子大学図書館・館長の青柳武先生に寄贈を引き受けて下さるか否かを検討して頂いた。その結果、図書館の承諾を得た。私は、寄贈して頂くに当たって、次のような条件の覚書を作成し、松本栄子氏と昭和女子大学図書館に提案した。

       鈴木重嶺関係資料に関する覚書

    1、昭和女子大学は、寄贈された「鈴木重嶺関係資料」を一括永久保存し、松本家の要望があった場合は、優先的に閲覧して頂けるように配慮する。
    2、昭和女子大学は、「鈴木重嶺関係資料」が寄贈された折、その概略を雑誌等に発表して、その所在を明らかにする(深沢秋男が担当)。
    3、昭和女子大学は、今後、鈴木重嶺関係資料が古書店等に出た場合、事情の許す範囲で購入し、本資料の充実に努める。
    4、昭和女子大学は、国会図書館等に所蔵されている、鈴木重嶺の著作を複写して収集し、資料の充実に務める。
    5、「鈴木重嶺関係資料」を活用し、歌人・鈴木重嶺の研究を推進する。
                       平成8年2月20日 

     この提案は、昭和女子大学図書館(館長・青柳武先生)及び松本栄子氏の御了承を頂いたので、今後の処理に関して、図書館と相談して進行した。

    ●平成8年2月20日(1996)
     昭和女子大学図書館の責任者2人と深沢の3名で、奥沢の松本栄子氏のお宅へ伺い、鈴木重嶺関係資料を受領し、無事に図書館へ移管した。
     松本家の玄関を入って、直ぐ左手にある応接間には、鈴木重嶺の油絵の肖像画が掛けてあった。奥様は、この肖像画以外の重嶺関係資料は全て寄贈して下さった。このような、御配慮は、そうそう有ることではないだろう。私は、心から感謝して、松本先生のお宅を辞去した。

    ●平成8年9月5日・6日(1996)
    「鈴木重嶺関係資料」を図書館から深沢研究室に移動して、目録作成をする。研究室に泊り込みで、資料から離れる事無くリストの作成を行う。全80点の資料を内容別に大別し、原資料には鉛筆で通し番号を書き込み、添付紙片に到るまで全ての略書誌をノートにメモし、原稿は直接ワープロで入力した。
     その調査結果は、平成10年1月1日発行の、昭和女子大学『学苑』第694号に発表した。
     なお、昭和女子大学図書館では、この度の鈴木重嶺関係資料が、松本栄子氏から寄贈されたのを機会に「翠園文庫」を新設して、今後、これらの資料を保管し、さらに充実を図ることになった。

    ●鈴木重嶺の肖像画 
    昭和女子大学の重嶺の関係資料は、平成8年7月16日、御子孫の松本栄子氏から、全て本学へ寄贈された。ただ1点、重嶺の油絵の肖像画は、仏壇のある部屋に掛けてあり、これは毎日お線香を上げながら拝むと申され、寄贈リストから除外された。
    ●しかし、平成16年2月19日、この肖像画も寄贈された。この肖像画も頂く事になったので、私は画家の「川久保正名」について調査した。小杉放庵記念日光美術館の田中正史氏や東京文化財研究所の山梨絵美子氏の御教示によって、この画家の概略は判明し、この肖像画は重嶺70歳頃のものと推測された。
    ●山梨絵美子氏の助言もあり、貴重な存在であることが判ったので、図書館では、特別予算を計上して、この油彩画を文化財補修の専門家に依頼して補修を済ませ、大切に保管している。

    ●平成9年11月26日(1997)
     鈴木重嶺百回忌 全龍寺。重嶺は、明治31年11月26日、85歳で没した。その百回忌法要が、新大久保の菩提寺・全龍寺で行われた。松本家からは、松本栄子氏、御子息・松本昭氏夫妻、お孫さんの暁氏などが参列。深沢も参列させて頂き、鈴木重嶺関係資料を昭和女子大学図書館で永久保存する事になった経緯を、重嶺の霊前に報告した。

    ●〔松本誠〕 の名刺1枚の背後には、このような事実が存在する。しかし、このような事は、時間と共に消失し、やがて歴史の上には、〔翠園文庫〕が、昭和女子大学図書館の書庫に在る、という事が残るのみだろう。記録は大切であるが、歴史とはそんなものである。 【平成30年10月20日】

    ■鈴木重嶺


    ■鈴木重嶺 葬儀の折の参列者記録


    ■鈴木重嶺の墓 全龍寺


    ■墓に建てられた重嶺の説明版 鈴木重嶺顕彰会