東明忌に思うこと

2016.02.03 Wednesday

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    ●2月4日は、昭和女子大学の創立者、人見東明先生の忌日である。
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    【SWUニュース】東明忌
    2月3日
    1974年2月4日は詩人・東明としても活躍された創立者・人見圓吉先生の
    命日です。本日から2日間は故人を偲ぶ東明忌。1961年2月23日に逝去した
    学母・緑夫人とともに本学園の草創期に尽力された2人の遺影を掲げて
    献花用の祭壇を「先哲之碑」前にしつらえます。お立ち寄りください。
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    ●私は、以前、昭和女子大学の国文科の学生の研究に接して、感激して一文を
    草したことがある。

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    「實事求是」

     文学研究は対象が主として文学作品であるから、研究に関する要件も自然科学
    などの分野とはいささか異なる。文学の研究者には、鋭い感受性と緻密な思考力が
    求められるだろう。小説・詩歌・随筆・評論などに出会って、研究者自身が何を
    感受するかが大切であり、その感受したものを、客観的に文章化しようとした時、
    緻密な思考力が動員されることになるからである。
     私は、大学2年の時、仮名草子の『可笑記』を初めて読んで、このように批判精神
    に富み、しかも、ものごとの中枢を道破する見識を持った作者が、封建時代の近世初期
    にいたということに心を動かされた。それをきっかけに、この作品を卒論に選んだ。
    また、後年、幕末の名も無い女性の日記を読んだ時、その熟達した文章力に圧倒されて、
    この作品を紹介しようと決意した。それが『井関隆子日記』であり、この日記は、昭和女子大
    の大学院でも講義・講読・演習に採り上げた。
     以前、『近世和歌研究書要集』の新刊紹介を『学苑』に書いたことがある。
    全8巻のうち、第5巻・第6巻の2巻は、『文学遺跡巡礼』に収録された26点と
    『学苑』の論文4点の、計30点の伝記研究を採録している。『文学遺跡巡礼』は、
    昭和13年(1938)から昭和18年にかけて、日本女子高等学院の光葉会から
    刊行された。昭和女子大学の創立者・人見圓吉先生が国文科の卒業生の研究成果を
    全4冊に編纂・刊行したものである。 
     人見先生は、国語国文学史上の先人の伝記研究を目指し、その基礎的資料の定着を
    計画して、国文科の学生を指導されたのである。この計画は、第二次世界大戦が勃発して、
    中断せざるを得なかったが、戦後、昭和31年(1956)に『近代文学研究叢書』として
    復活したのである。
     私は、『近世和歌研究書要集』の新刊紹介を執筆しながら、『文学遺跡巡礼』に収録
    されている、伝記研究の諸論文が、70年に及ぶ長い時間によく耐えて、この平成の現在
    によみがえった事に、大きな感動を覚えた。                       
     天理図書館の正面入口のところに「實事求是」の額がかけてある。学生時代から
    お世話になっている図書館であるから、これは気になっていた。出典は、『漢書』
    河間献王徳伝である。中国・清代の考証学派の研究目標であったという。事実に基づいて
    物事の真相・真理を求めたずねること。
     私は、はじめの頃は、評論的傾向の強い文章を書いていた。しかし、横山重先生に出会い、
    「深沢よ、美文は書くな、事実をツブツブと書け。」と注意されて、文体を一変した。
    天理大学の木村三四吾先生の研究に接し、古典資料の調査方法の真髄を学んだ思いがした。
    それからは、この「實事求是」を研究の基本に据えるように努力してきた。 
     思えば、これは、人見圓吉先生の研究姿勢と、相通じるものがあるだろう。
    私の願いは、この人見先生の学問的伝統が、今後の昭和女子大学の日本文学研究に継承
    されることである。

    『文学研究科35周年記念誌』(2009年3月31日、昭和女子大学大学院 文学研究科 発行)

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    ■人見東明忌