手習いのお手本

2016.03.27 Sunday

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    ●太田素子氏の『近世の「家」と家族』(平成23年3月25日、
    角川学芸出版発行)の
     第3章・「家」 継承のための子育て 
    の中で『井関隆子日記』を引用している。

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     「少し時代を下ると、天保年間に書かれた『井関隆子日記』は、当時の江戸に住む旗本下級武士社
    会の歳時記が美しい和文で書かれた日記風の随筆である。子どものいたずらを叱る若い母親の感情
    や、大人と一緒の遠出を楽しみにしている女童の様子など、男性の書いた日記にはなかなか登場し
    ない親子の感情が、共感的な描写を通して描き出されている。その中に、孫に手習いを教え始め
    た日の記録がある。

    天保十ー年一月二十八日

    ここの幼き人に手習ひ教ふるに、いとうるさがり、腹立ちなどすべかめれど、老人よりは中
    々に物読み習ふ物になん。昔難波津安積山の二歌を、筆とるはじめにしけるとて、今もまれ
    まれ童に習はす人あるは、雅めきたるを好めるにて、それひがごとにはあらざめれど、なほ世
    におしなべて物すなる、いろは歌てふ物ぞ、稚児のもの読み書きするには、いとたよりよかめる。
    歌には同じ文字の重なれゝば、二歌三歌習ひたりとも、かのいろは歌の文字のかぎりにわたら
    ず、もれたる文字なんありぬべき。一日こゝの幼き女fの、歌がるたてふ物をとるを見しに、
    かのいろは歌まねびしばかりにて、大方の大人に劣らずものするを見るに、いとたよりよき物
    になん有ける。

     同居している子どもに手習いを教えた。とても煩かって癇癪を起こすようなこともあるが、老人
    よりは読み書きをよく覚えるようだ。昔は、「雌波津」と「安積山」の詩を初学に教えたようで、
    今も子どもにそれから習わせる人もあるが、高尚趣味で、間違いではないだろうが、現代では一般
    に広がっている「いろは歌」の方が子どもの読み書きにはいいだろう。……(孫の)幼女が、伊呂
    波カルタを取る様子を見ると、「いろは歌」を学んだばかりで大方の大人に負けずに(ゲームを)
    しているから、とても頼りになる手本なのだろう。
     隆子は手習いの導入には「いろはうた」が良いと主張して、上の孫娘に教えた経験からその効果
    を指摘する。伊呂波カルタを使って、遊びながら欠字を記憶させることも、当時の人々の工夫だっ
    たのであろう。」

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    ●「昔難波津安積山の二歌」 とは、
      難波津にさくやこの花冬ごもり 今は春べとさくやこの花
             (古今集 序 王仁)
      安積香山影さへ見ゆる山の井の 浅き心を吾が念はなくに
             (万葉集 巻十六 采女)
     のことで、『古今集』の序は、
     「この二歌は、歌の父母の様にてぞ、手習ふ人の始にもしける。」 
    としている。
    ●太田素子氏は、『井関隆子日記』を、「日記風の随筆である」 
    としているが、この日記は、随筆 ではなく、日記文学 である。
    論証も経ずに、「随筆」 とするのはよくない。
    また、「昔は、「雌波津」と「安積山」の詩を」 としているが、
    これは 詩 ではなく、歌 である。

    ■太田素子氏『近世の「家」と家族』


    ■『井関隆子日記』天保11年1月28日の条