古典文学研究の目的

2017.10.16 Monday

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    ●恩師、重友毅先生の『近世文学の位相』は、昭和19年(1944)2月、日本評論社から発行された。先生は、その序を次の如く記しておられる。
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     近世文学史上の諸問題について、この十年ほどの間に書いたものの中から、いまもなほ幾分の意義を有すると思はれるもの二十篇をえらんで、本書を編んだ。それらの論稿は、いづれもこのたび、かなりの程度に補正の筆を加へておいたが、しかしその根本の見解に至つては、たやすく変るべきでもなければ、また改めてもゐない。もとより未熟な点の多いことはやむをえないが、しかしそのいづれもが執筆の当時において力の限りをつくして書かれたといふ思ひ出は、いまの自分にとつて一つの安心となつてゐる。
     近世文学といへば、世間ではなほ士君子の歯すべがらざるものといふ古風な観念に支配されてゐるやうであるが、事実また当代の作家・作品については、さう見られても仕方のないものがあるのであるが、しかしそれにも拘らず、それが今日の生活・文化と直接のつながりをもつことが知られるなら、苟くも今日を正しく生きようとする者にとつて、それの「研究」が、欠くことのできないものとして真摯に推し進めらるべきものであることは、おのづからに了得せられることと思はれる。本書の第一篇「近世文学の概観」は、主としてそのやうな点について著者の信ずるところを述べたものであり、それはまた全体に対して、いはゞ総論ともいふべき位置を占めてをり、第二篇「近世文学の展開」は、個々の問題を取り上げて、それらのことを実証し、如上の所見を補説するところの、各論ともいふべき部分に当り、第三篇「方法論上の諸問題」は、如上の所見を補説するところの、余論ともいふべき部分を形づくつてゐる。
     かうして本書に収めた論稿は、多く近世の作家・作品に即して説かれてゐるのであるが、しかし究極の目的は、それらの解明自体にあるのではなく、むしろそれによつて、今日及び明日の生活・文化のありかたに対し、何程かの示唆を提供しようとしたところにある。
     最後に、本書が成るについて、多大の好意を寄せられた先輩友人各位に対し、心からなる謝意を捧げる。
          昭和十八年十一月
                     東京、中野の寓居にて
                         重 友  毅 
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    ●昭和19年といえば、次の年には、第二次世界大戦が敗戦を迎える年である。重友先生は、この戦時下の厳しい社会状況の時に、論文集を出版された。この序文を記した、先生の心の中には、様々な思いが込められていたのかな、そんな風に思い、改めて研究の尊さをも確認した。 

    「かうして本書に収めた論稿は、多く近世の作家・作品に即して説かれてゐるのであるが、しかし究極の目的は、それらの解明自体にあるのではなく、むしろそれによつて、今日及び明日の生活・文化のありかたに対し、何程かの示唆を提供しようとしたところにある。」  

    ●近世の作家・作品、それ自体の解明が、究極の目的ではない。現在の生活・文化のありかたに対して、何ほどかの示唆を与えたい。近世文学のもつ、文化的意義を現在に活かしたい、そのように考えられたのであろうか。研究の真の意義を主張しておられるのだと思う。文化の受容・継承とは、そのようなものであろうか。