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『井関隆子日記』は トイレネタブログ
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江戸時代に「トイレネタブログ」があったって本当?
2015/10/26ネタ・おもしろ・エンタメ S60 e4bff9ea56a3d72c1832
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江戸時代に「トイレネタブログ」があったって本当?
昔の日本でブログの役割を果たした「日記」。江戸時代に、こともあろうか
「トイレネタ」を記した「井関隆子(いせき たかこ)日記」が存在したのは
ご存じだろうか?
作者・井関隆子は大身・旗本の妻のかたわら、庶民の生活や幕府への批判を
はばかることなく記していった。するどい観察眼と教養の深さから当時の様子を
知る重要な書物でありながら、古典文学のトイレネタをチャカしながら披露するなど、
ヘンテコな日記が存在したのだ。
■マニアックすぎるトイレネタ
井関隆子の実家は代々徳川家につかえる旗本・庄田家で、赤穂浪士で知られる
浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)に切腹を申し付けた大目付を親戚に持つ由緒正しい
家柄だ。やがて旗本の松波源右衛門と結婚するが、わずか3年ほどで離婚。
のちに井関弥右衛門と再婚し、歌や日記など数々の作品を残す。井関家の屋敷は
現在の九段下あたりに350〜500坪と推定され、経済的には恵まれていた環境
だったのも、隆子が文学に集中できる一因となる。当時はまず師匠について教えを
乞うのが一般的だったが、隆子はかたっぱしから古典文学を読み独学で知識を習得する。
これに鋭い観察眼が加わり、当時のできごとを独自の世界観で描いているのだ。
なかでも印象的なのはトイレネタだ。当時は「くみ取り」が当たり前で、肥料として
農家に販売される日常的な商売でもあった。これを、
・なんてタイミングが悪いのでしょう、食事中に、隣家にくみ取りが来てしまった
・においはもちろん、生々しい音が聞こえて閉口ものだ
と記しながらも、古典文学の「トイレ描写」の紹介に発展する。源氏物語や落窪(おちくぼ)
物語などのトイレシーンを、こと細かく解説しているのだ。そこまで紹介しなくても!
と思えるのが平中(へいちゅう)物語で、
・主人公・平中が、女性にかなわぬ恋をした
・その女性を忘れようと、便を盗んでにおいをかぐ
で、舞台となる平安時代は「箱」に便をする習慣があり、平中はそれを
盗み出してにおいをかいだという話である。豊富な知識の表れなのだろうが、
これを紹介するメリットはなに?と問いたい。
■怖いものなしの政治批判
井関隆子日記の魅力はイロモノだけではない。幕府への批判や将軍の葬式など、
政治ネタにも長けていたのだ。
この背景として、隆子には広い情報網があり、
・子の親経(ちかつね) … 広敷用人(ひろしきようにん)
・親経の妻の兄 … 目付や奉行を歴任
と、さまざまな情報を得ることができた。これに師につかず独学するような
勝気さが加わり、鋭い政治批判も多くみられる。当時、水野忠邦(ただくに)が
推進していた天保(てんぽう)の改革、なかでも上知(あげち)令をボロクソに
こき下ろしているのだ。
江戸や大坂近辺の領地を取り上げ、幕領を拡大するのが上知令で、農業や産業
が栄えた場所を接収し、幕府の収入を増やそうとする「よこ取り」作戦である。
いくら代わりの土地をもらえるとはいえ、苦労して築き上げた街をとられてしまう
のだから、大名も旗本もたまったものではない。これを隆子は、
・悪いことをしていないのに「国替え」させられるようなもの
・栄えている場所を優先的に接収しようとしている
と批判。あげく、「これは将軍の考えではなく、水野忠邦の仕わざだ」とまで記している。
現代なら多くの「いいね!」が獲得できるだろうが、当時において命知らずともいえる
大胆さもあったのだ。
このほか、徳川家斉(いえなり)の葬儀、天保15年に起きた江戸城の火災などをリアルタイムで
記し、大学の入試問題にも利用されている。トイレネタも、当時の様子を知る貴重な情報なので、
興味のあるひとはぜひ読んでいただきたい。
■まとめ
・江戸時代に記された井関隆子日記には、トイレネタが克明に記されている
・源氏物語などの古典作品からも「トイレ描写」を紹介
・知名度は低いが、入試問題にも利用された