鑑真和上坐像    重友 毅

2017.09.11 Monday

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    鑑真和上坐像    重友 毅

     この間日本橋高島屋で開かれた奈良国宝展へ出かけ、そこで思わず足をとめられたのは、唐招提寺の鑑真和上坐像であった。一度、奈良でも拝観したことがあり、これは二度目の対面であったが、やはり新たな感動を覚えた。全体に円味をおびた豊かな肉づき、太い顕、秀でた眉が特徴的で、両眼は盲いたなりに、おだやかな表情である。しかしそのうちにも、冒しがたいきびしさが感じられ、また限りない憂愁がただよっている。それは趺坐したままの形でありながら、鑑真その人のすべてが現わしつくされているといってよい。このような傑作が、奈良時代に作られたということは、私にとって二重のおどろきであった。
     そのおどろきは、はしなくも芭蕉のおどろきを想起させた。貞享五年四月、唐招提寺に詣でて、この尊像を拝した彼は、

      若葉して御目の雫ぬぐはばや

    の句を詠んでいる。折からの若葉を摘んで、せめては御目のあたりに浮かぶ涙をぬぐってあげたい、というのである。
     ところでこの句解には、潁原氏の異説があり、それによると「若葉して」は、あたりの草本が一面に若葉しているさまを指すのであり、もし若葉をもっての意なら、「若葉もて」とあるべきだというのである。しかしこれは明らかな誤解で、盲いているのが、優しい上臈か、普通の貴人なら、いたわりの気持をこめた「若葉もで」でもよかろうが、相手は鑑真である。そういう生ぬるい同情では寄りつけもしまい。これに触れるとするなら、どうしても「若葉して」の強い語気でなければならぬ。それにあたりが若葉の季節であることは、そのうちにおのずからに示されている。もしまたこれを若葉の説明と限定するなら、それと「御目の雫」との関係はどうなるか。一句はとりとめもないものとなってしまおう。そこで右の説を受けついだらしい古典大系本『芭蕉文集』の註では、若葉の照り返しで、心なしか、御目のあたりに涙の雫が感じられるとしているが、無理な工作である。そういう錯覚がもとで、句ができているのではない。
     芭蕉がそこに涙の雫をそえたのは、詩人の感覚で、その温容の底に流れる悲しみを汲み取ったからのことである。そういう詩的作為であったから、これも指先や布片でなく、若葉でもってぬぐおうという、詩的発想がつづくのである。またその折の彼の感動は、そのような手段を借りることなしには現わしがたいものであったのである。したがってその句意も、思いをここに致さぬ限り、捉えがたいものとなるほかはないであろう。(六二、一0、三一)
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    ●重友毅先生の「鑑真和上坐像」の講義を拝聴したのは、学部卒業後の次年度の「芭蕉講読」を聴講していた時のことである。その年の11月、『文学研究』第18号が発行され、巻頭に重友先生の研究随想「鑑真和上坐像」が掲載された。続いて、西尾実先生の「文学研究の方向」、小田切秀雄先生の「自然描写に関して」が掲載された。
    ●『文学研究』の次号、第19号に、私の最初の論文「『可笑記』と儒教思想」は掲載してもらえたのである。これは、重友先生初め、諸先生の破格の御配慮だったのである。ここから、私の仮名草子研究は始まった。そうして、50年後の現在、如儡子の儒教思想と仏教思想に関して考察している。
    ●重友先生はじめ、諸先生に対して、深甚なる感謝を捧げ、恵まれた研究人生の幸せをしみじみと噛締めている。


    ■『文学研究』第18号




    ■『文学研究』第19号



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    2017.09.20 Wednesday

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