如儡子・斎藤親盛の諸大名批判

2017.04.16 Sunday

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    ●大石学監修の『江戸時代の「格付け」がわかる本』を読んで、参考になる点があった。私の研究している仮名草子『可笑記』は、近世初期にあって、批判的要素の強い著作である。その著者の手が付加されたと思われる『堪忍記』は、また、凄い著作である。
    ●『堪忍記』写本1冊は、福井藩の松平文庫(松平宗紀氏蔵)に所蔵されている。大名評判記という類書の中では、最も早いもので、如儡子、43歳、正保2年(1645)頃の成立と推測される。その概略を紹介したい。
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    如儡子編『堪忍記』諸大名評価一覧

       藩主名  国名  石高      評価

     1・徳川義直・名護屋・62万・・     世間不受不施、江戸童、池
                         上の御門徒也と申候。
     2・徳川頼宣・若山・55万5千・・    家中手前にらず。米はらひよ
                         し、所も吉。
     3・徳川頼房・水戸・28万・・      御暇不被下。立出、天下せは
          し。江戸詰扶知持方つら扶持。物毎せはしく、しはき御仕置也。
     4・酒井忠勝・小浜・12万3千・・    物ことせはしく、武道の沙汰
      もなく、家中風儀悪し。……□式部以来、無類の悪しき主人、下々ノ下。
     5・松平(長沢)信綱・河越・7万・・  物毎せはしく、下々に同。
     6・阿部忠秋・忍・5万・・       上下に情ふかし。万端気の付た
                 る主人。役儀もすくなし。諸侍心易家中、中也。
     7・阿部重次・岩付・5万・・      米払悪シ。下也
     8・井伊直孝・彦根・30万・・      米払吉。諸法度たたしく、武
                    勇の沙汰有。家中風儀吉。諸侍望の家也。
     9・松平(結城)忠昌・福井・52万5千・・人により高下有之。中也。
    10・松平(伊達)忠宗・仙台・61万5千・・古参者ハ手廻有之といへとも、
                           新参者不望。下々ノ下也。
    11・佐竹義隆・秋田・20万・・     遠国ゆへ中也             
    12・上杉定勝・米沢・30万・・     下也
    13・南部重直・森岡・10万・・     物毎大きに悪し。下也      
    14・丹羽光重・二本松・10万・・    父の御代より少ハ吉
    15・内藤忠興・岩城・7万・・     手前不成、下也
    16・保科正之・若松・23万・・     下々
    17・松平(結城)光長・高田・25万・・ 米払悪しき故、中也
    18・松平(結城)直政・松江・17万・・ 下也
    19・酒井忠行・厩・橋・12万・・     下也
    20・土井利隆・古河・16万・・     江戸詰悪し。下也
    21・稲葉正則・小田原・8万・・    箱根御番しけし。中也
    22・井上正利・横須加・5万・・    万事堪忍成よし。上也
    23・安藤重長・高崎・6万6千6百・・ 堪忍成吉。上也
    24・高力忠房・嶋原・4万・・     下々也
    25・水野忠善・吉田・4万4千6百・・ 万歳々々。上々也
    26・永井尚政・淀・10万・・      跡目少立により中也
    27・藤堂高次・津・32万・・      主悪し。下也     
    28・加賀(前田)利長・小松・20万・・ 家中手前不成、下也 
    29・京極高和・館野・6万・・      中也。心安キ主也     
    30・松平(池田)光政・岡山・31万5千・・ 中也。家中風儀吉
    31・松平(池田)光仲・鳥取・32万・・  家中情深シ。大方中也 
    32・本多政勝・大和・郡山・19万・・    国役上々。万歳々々
    33・松平(峰須賀)忠英・徳嶋・25万7千・・ 家中風儀吉・上々也
    34・松平(山内)忠豊・高知・20万2千6百・・ 下也
    35・松平(久松)定行・松山・15万・・  中也
    36・徳川(水戸)頼重・高松・13万・・  大方雖為上々
    37・松平(浅野)光茂・広嶋・37万6千余・・ 上ノ家也
    38・松平(毛利)秀就・萩・36万9干4百・・ 渡者ハ不望。大方中也
    39・小笠原忠真・小倉・15万・・     家中作法吉。中也    
    40・小笠原長次・中津・8万・・     万事たゝすみ吉。上也   
    41・松平(黒田)忠之・福岡・52万余・・ 作法吉。上也
    42・寺沢堅高・唐津・8万3千・・    家中作法悪シ。下也
    43・鍋嶋勝茂・佐賀・36万7干・・    され共渡者不望。上也
    44・立花忠茂・柳川・11万余・・     併渡者望家。中也 
    45・有馬忠頼・久留米・21万・・     主悪し。下々也 
    46・中川久盛・竹田・7万余・・     江戸詰吉。上也
    47・稲葉信通・臼杵・5万・・      家中手前不成。中成
    48・細川光尚・熊本・54万・・     下也
    49・嶋津光久・鹿児嶋・60万5干7百・・ 善悪は不被申候
    50・森長継・津山・18万6干5百・・  大分ハ下也
    51・松平(奥平)忠明・姫路・!8万・・ 暇くれず、下也
    52・松平(久松)定綱・桑名・11万・・ 風儀よし。中也
    53・水野忠清・松本・7万・・     主人気遣なる家。下也
    54・板倉重宗・京都所司代・4万8干・・ 下也
    55・京極高広・宮津・7万5千・・   下々
    56・亀井慈政・津和野・4万3千・・  下也
    57・古田重恒・浜田・5万4千5百・・ 中ノ下也
    58・小笠原忠知・吉田・4万・・    手前不成。下也
    59・溝口宣勝・芝田・5万・・     中ノ下也
    60・伊達秀宗・宇和嶋・10万・・    下也  
    61・長岡(細川)忠興・10万・・    人間とも鬼とも、言語演かたし
    62・松平(榊原)忠次・館林・10万・・  上也
    63・松浦隆信・平戸・6万3千2百・・  され共渡者不望。中也
    64・伊東祐久・小肥・5万・・     万事下々也
    65・小出吉英・出石・5万・・     上也
    66・稲葉紀通・福知山・4万5千7百・・ 米払吉。上也
    67・戸田氏鉄・大垣・10万・・    江戸詰悪し。…下也
    68・松平(戸田)長重・加納・8万・・  不及紙面。下也
    69・岡部定勝・岸和田・5万・・   在江戸吉。上也
    70・内藤信照・棚倉・5万・・    風儀悪し。下也
    71・牧野康成・長岡・7万・・    いとまくれず。下々
    72・石川忠綱・膳所・7万・・    仕置悪し。下也
    73・本多忠義・村上・10万・・    望やすし。下也 
    74・真田信之・松城・10万・・    たゝすみ不自由。下也
    75・奥平忠昌・宇都宮・11万・・   作法吉。上々也
    76・阿部正次・大坂城代・5万5千・・  江戸詰悪し。上也
    77・仙石政俊・上田・6万・・    主人情ふかし。上也
    78・浅野長直・赤穂・5万・・    家中堪忍成吉。上也
    79・秋田俊季・宍戸・5万・・    無頼主不及紙面。下也
    80・松平(結城)直基・最上・15万・・  下也
    81・浅野長治・三吉・5万・・    上也
    82・青山幸利・尼ヶ崎・5万・・   中也
    83・松平(藤井)忠国・笹山・5万・・  ふるい〳〵。上也
    84・松平(松井)康英・浜田・7万・・  しつかなる家中。中也
    85・加藤泰興・大洲・5万・・    不及紙面。下也
    86・本多俊次・勢州亀山・5万・・  せはしき事天下一也
    87・菅沼定芳・亀山・4万・・    さんたんに不及悪し
    88・水谷勝隆・松山・5万5千・・  渡者不望。下也
    89・山崎家治・丸亀・5万・・    渡者不望。下々也
    90・大久保忠季・明石・7万・・   たゝすミ吉。中也
    91・黒田長興・秋月・5万・・    右衛門佐殿同前也
    92・松平(久松)憲良・小室・5万・・  江戸結大方也。中也
    93・津軽信義・津軽・4万7千・・   何共不及紙面
    94・松平(形原)康信・高槻・4万6千・・  中ノ主也
    95・本多利長・岡崎・5万1千・・   望なき家也
    96・有馬康純・県・5万3千・・    万事しまらぬ御仕置
    97・脇坂安元・飯田・5万3千・・   下也
    98・松平(池田)輝澄・志曽・6万・・ 大方中ノ上也
    99・戸沢政盛・新庄・6万8千・・   中也
    ●100・堀田正盛・佐倉・11万・・   せはしき御仕置強シ。手前不成、
         立退たかる者多シ。然共御出頭に怖て、不立退不留心家。 下也。
    101・織田高長・宇多・3万1千・・  人御抱無之家也
    102・本多重能・丸岡・4万6千2百・・  優なる家。中也
    103・新庄越前守・(麻生)・3万7千・・  中の上の主也
    104・松平(能見英親)・木付・3万7千・・ 上々の主也
    105・松平(大給)乗寿・館林・6万・・  中より下也
    106・松平(久松)定房・今張・3万・・  中より上
    107・松平(越前)昌冨・大野・5万・・  上の主也
    108・堀親昌・烏山・2万・・       中の主也
    109・松平(藤井)忠晴・掛川・3万・・  小身にても望家也
    ●110・酒井忠勝・庄内・14万・・    下の下也
    拾四万石 酒井宮内殿 忠勝  庄内
    物成四ツ八分。但三ツより四ツ迄に取。払悪し。牢人、済家、心はせ有者と、芸能有者を、御すき、本地をねきらす、肝煎をゑらます、望有家也。然共、近年、御舎弟、長門守殿御仕置にて、家中悪し。侍の善悪に不構、賄を以、長門守殿御意に入候ヘハ、郡代奉行役人に成、加増を取、少の事に過料を当ル。江戸詰ニ無扶持。長門守殿より金子を三割に御借、蔵米にておさへとられ候故、
    家中過半身上つぶれ候。茶入、掛物、刀脇指なと、高直に御買候。金銀せめて半分も、家中へ御借、長門守殿仕置、無之ハ望の内の家也。近年の作法ハ、天下一二番のあしき主。下の下也。
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    ■松平文庫本『堪忍記』福井県立図書館保管





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    2017.09.20 Wednesday

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