私の第一論文

2017.04.12 Wednesday

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    ●昭和39年(1964)4月26日のサンケイ新聞の読書欄に、津田左右吉の『文学に現はれたる国民思想の研究』について投稿したと記したが、実は、この年の5月発行の『文学研究』第19号に、私は、初めて論文を発表した。
    ●法政大学、日本文学研究会は、この年の5月に、第1回公開研究会を法政大学で開催した。

    研究発表
    ◎『可笑記』と儒教思想  深沢秋男
    ◎京伝洒落本の特質    清水正男
    講演
    ◎江戸小説について    水野 稔

    ●私は、この公開研究会で口頭発表したものを、『文学研究』第19号に掲載してもらったのである。掲載原稿を、重友先生と編集部の3名の先生に送って査読して頂いた。当時、コピー機は無かったので、私は、同じ内容の原稿を4通作って、お送りした。重友先生はじめ、編集部の先生方の許可が出て、掲載が実現したのである。

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    『可笑記』と儒教思想        深沢秋男

     この作品が主として儒教的教義に立脚して書かれているというこは、水谷不倒氏以来諸家の指摘するところであり、あえてここで取り上げる必要もないのであるが、しかし、それらの大部分は概説の域を出るものではなかった。このような中にあって、昭和二十九年三月号の『国語国文』誌上における寺谷隆氏の「仮名草紙に於ける庶民教化の一断面」と題する論文は、作品に即して具体的に論を進めているという点において、またそこに示されたものが、従来のそれとかなり異なる意見の提示である、というこの二つの点においでこれを避けることはできない。そこで私はこの論文との係わりにおいて、この作品と儒教思想との関連について考えてみたいと思う。
     寺谷氏はまず、巻三の37を取り上げて「『可笑記』は仁義を規定して「仁とは慈悲ある事、義とは義理をたつる事」であると言う。(巻六の十二)然し作者が此処で戒めて居るのは吝嗇と無情な態度に過ぎず、敢へて儒教道徳の強調とは言ひ難い。」といっている。このことはこの段に限るならば妥当であるとも思えるのであり、そしてさらに狄竜舛陵者血気の勇者瓩砲弔い任琉戝福文泙裡沓供砲砲ける仁義が、戦国時代から受け継がれた主従関係を中核とする生活の道義性としての仁義であることも明らかであるが、問題なのは、このような段のみをとらえて『可笑記』の仁義規定を評価してしまっていることである。この作品において仁義は単にこのような面からのみとらえられてぱいない。
      【以下、省略】
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    ●私は、この論文で、寺谷隆氏の説と、松田修氏の説(『文学』昭和38年5月号)を批判して、自説を提出した。この、私の最初の論文は、その後、3名くらいの研究者によって、引用されたり、内容指示されたが、反論は出ていないように思う。感激したのは、笠谷和比古氏が武士道に関する画期的な研究論文(『日本研究35号、』2007年5月)の中で、私の、この論文を是として内容指示をしてくれたことである。40年以上前に書いた論文で、最初の論文が、このように評価されて、感激したのである。自然科学の世界では、新説の提出は、時間を争って行われている。それに比較して、文系の世界では、誠におおらか。既に発表されている説を見逃したり、時としては、黙殺しても、まかり通っている。それでは、科学ではないでしょう、という事になる。とにかく、私は、笠谷氏に感謝する。
    ●研究の初発から、現在まで、これでよかったのかな、そんな風に思い出している。


    ■『文学研究』第19号


    ■拙稿 『可笑記』と儒教思想


    ■津田左右吉著『文学に現はれた・・・』

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    2017.09.20 Wednesday

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