雑誌を出す ということ

2017.04.10 Monday

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    ●私は、学術雑誌を出すことに生涯をかけてきた。いくら研究しても、それを公表しなければ、客観化されないだろう。公表することによって、自分のしたことの、小ささも、大きさもわかる。
    ●雑誌発表が無理の場合は、書籍として出版してきた。書籍として出版できないような大部のものは、マイクロフィルムで出すことも考えた。何としても、世間に公表したかった。
    ●しかし、雑誌を定期的に出すことは、かなり大変な労力が必要である。雑誌は、自分1人が原稿を書いても出せない。少なくとも2人以上の執筆者が必要である。
    ●学術刊行物『文学研究』は、法政大学の大学院生が創刊した。私は、この研究会に入れて頂き、常任委員として、昭和38年(1964)から、平成19年(2007)まで活動し、先輩の御指導を頂きながら協力をしてきた。
    ●しかし、『文学研究』だけでは、私にとって発表の場は少ない。そこで、昭和44年(1969)に、島本昌一先生と『近世初期文芸』を創刊した。この、2つの雑誌があれば、まずまず、である。これでも発表の場が足りなければ、単行本として出せばよい。
    ●平成19年に『文学研究』は終刊になった。これを補うために、『芸文稿』を創刊したのである。この雑誌は、平成27年の第8号から、大阪の安藤先生に継承してもらった。私も老齢であるので、有り難いことと感謝している。
    ●『近世初期文芸』は、大学定年の時、菊池先生に継承してもらったが、その後、再び、私が出すことになり、今も継続している。この雑誌の処理をとのようにするか、それが残された課題である。
    ●〔3号雑誌〕とよく言われるように、創刊はされるが、そうして3号までは、続くが、そこで消える雑誌が多い。だから、図書館は、新しい雑誌は、商業雑誌は別として、なかなか保存してくれない。『文学研究』95巻、『近世初期文芸』33巻、これらは、主要大学図書館に保存されている。有り難いことである。『芸文稿』が、その仲間入りできるかどうか、楽しみである。

    ■『文学研究』第1号


    ■『近世初期文芸』第1号


    ■『芸文稿』第1号

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    2017.09.20 Wednesday

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