何でも読んでみよう

2017.03.16 Thursday

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    ●今日、こんなサイトを見た。井関隆子も、多くの人々に注目されるようになって、
    本当によかったと、思う。昨日、私は、自分の研究生活を振り返ったが、
    後世、私の名前は消滅しても、「井関隆子」の名前は、存在し続けるだろう。
    それが、研究者の存在意義だと、私は思っている。

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    何でも読んでみよう

    図書館」と「インターネット」を活用!


    なぞなぞ(昆虫)・・・釜を斬る
    ※は特に注目したいもの
    (インターネット古文書講座)
    群馬県立文書館  
    新潟県立文書館  
    (インターネット拾い読み)
    「文書館たより」ほか(和歌山県立文書館) 
    「高木家文書」(名古屋大学図書館) 
    「おあむ物語」(早稲田大学)  
    「お竹大日如来縁起絵巻」(日文研)  
    「運上家の掟」(北海道立文書館)  
    (記録)
    三井文庫史料叢書「大坂両替店聞書」 
    喜田川守貞「守貞謾稿」(商人)  
    「藤岡屋日記」(情報屋)  


    なぞなぞ(有名な温泉地)
    ○○八里は馬でも越すが
    (法律)
    「御触書寛保集成」 
    「御仕置例類集」 
    ※「幕末御触書集成」(岩波書店) 
    (思想・教材)
    「農業全書」  
    「庭訓往来」  
    「世界商売往来」(明治4年)  
    (戦国武将)
    「続・日曜日の歴史学」(信長・秀吉・光秀・家康の古文書) 

    (日記)
    「京都岩倉実相院日記」(講談社メチエ)   
    江戸東京博物館「酒井伴四郎日記」 (紀州藩士の江戸勤番日記)  
    ●「井関隆子日記」  
    (手紙)
    小林正博編「利休・歌麿・芭蕉の”くずし字”を読む」 
    宮地佐一郎「龍馬の手紙」 
    ※「南浦(なんぽ)書簡」(ペリー来航時の浦賀奉行の書簡集) 
    (本居宣長の本)
    本居宣長「玉くしげ」・・・紀州藩への上申  
    (吉田松陰の本)
    ※吉田松陰「癸丑(きちゅう)遊歴日録」1853・・・ペリー来航 

    なぞなぞ(江戸の盛り場)
    (幕末明治)
    ※「日本近代思想体系機ヽ国」(岩波書店)  
    (かわら版、新聞)
    小野秀雄「かわら版物語」(雄山閣) 
    「新聞が語る明治史」(原書房) 
    (引札)
    増田太次郎「引札・絵びら・錦絵広告」(誠文堂新光社) 
    大阪引札研究会「大阪の引札・絵びら(南木コレクション)」(東方出版) 
    中田節子「広告で見る江戸時代」(角川書店)  

    (なまづ絵)
    「なまづ絵コレクション」(日文妍データベース)   
    「幕末・明治のメディア展」(早稲田大学)   
    (総合)
    「日本庶民生活史料集成」、「日本庶民文化史料集成」 
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    「井関隆子日記」

    ■井関隆子
    ・1785-1844
    ・30歳ころ旗本の後妻となったが、42歳の時死別。和歌・国学をおさめた。天保11年(1840)から15年(1844)までの「井関隆子日記」は、当時の世相を伝える貴重な史料とされる。

    江戸の風俗・風聞
    ■将軍上覧の天下祭(山王祭)
     来ん望の日は山王の御祭とて、今より言ひ騒ぐ。神田の明神と、この山祇神と、夏秋の御祭り、一年がはりなるうちに、夏の方(山王祭)は所狭く、人押合、人もみぬれば、暑さにたへがたう苦しかんめれど、若き人、童などは、物とも思はで、御指折りつつ、待遠に日を数ふめり。

    ■倹約令下の神田祭
     御世の御おきての、時の間にゆきたらひて、かかるも、いとかしこう、いみじき御光りになむ。

    ★ 神田祭は倹約令で質素。

    ■盛大な佃島の花火
     かの両国の花火を、いみじげに、人いふめれど、是に比べなば、さやけきともし火に向かへる、蛍の光りともいひつべく、いとかそけかるべし。

    ■浅草の「眼力太夫」、平将門の首を拝む、永代寺の陰間

    江戸城大奥
    ■御広敷
     夕付てあるじ(親経=隆子の子)まかでぬ。移されつる司は、御広敷の長にて、広大院の上の御事よりはじめ、すべて女房がたの事ども、あずかり申す職にて、守山主水正、小野佐渡守など此司なる、ひとしなみに召されたる也。

    D.キーン「百代の過客」より
    ■僧侶
     かれらは皆世渡る業にて、はじめは物ほしからぬさまにもてなし、人をすかし、扨物とらぬは無し。

    ■神道・・・隆子は宣長崇拝者
     此神の御国に生るゝ人は、此国のふるき御代の伝へをまもり、さかしら心を出さず、奇(く)しくあやしき天地などの、及なくしられぬことは、しらであるなむ中々おほらかに、心ひろうまさりたるべき。

    ■市川海老蔵・・・隆子は天保の改革を支持
     こたび拾里四方の追放になりぬとぞ。其故は家居よりはじめ、庭など、あるは調度衣(きぬ)のたぐひにいたるまで、いみじくおごりを極め、・・・

    ■高橋景保(かげやす)・・・シーボルト事件
     此大御国の絵図をかいなで(通りいっぺん)にはあらで、公にをさめありしを写して、異国に遣したりける事あらはれ、いみじう勘(かうが)へ(罪を攻め)、たゞされけるほどに失たりけるを、おほ方ならぬ罪人なれば、なほかうがへ給ふほど、なきがらを塩につけ置たりとか。


    ■何でも読んでみよう


    ■井関隆子の項

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    2017.09.20 Wednesday

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