「實事求是」

2017.03.11 Saturday

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    「實事求是」

                      元教授 近世文学  深 沢 秋 男

     文学研究は対象が主として文学作品であるから、研究に関する要件も自然科学などの分野とはいささか異なる。文学の研究者には、鋭い感受性と緻密な思考力が求められるだろう。小説・詩歌・随筆・評論などに出会って、研究者自身が何を感受するかが大切であり、その感受したものを、客観的に文章化しようとした時、緻密な思考力が動員されることになるからである。
     私は、大学2年の時、仮名草子の『可笑記』を初めて読んで、このように批判精神に富み、しかも、ものごとの中枢を道破する見識を持った作者が、封建時代の近世初期にいたということに心を動かされた。それをきっかけに、この作品を卒論に選んだ。また、後年、幕末の名も無い女性の日記を読んだ時、その熟達した文章力に圧倒されて、この作品を紹介しようと決意した。それが『井関隆子日記』であり、この日記は、本学の大学院でも講義・講読・演習に採り上げた。
     数年前、『近世和歌研究書要集』の新刊紹介を『学苑』に書いたことがある。全8巻のうち、第5巻・第6巻の2巻は、『文学遺跡巡礼』に収録された26点と『学苑』の論文4点の、計30点の伝記研究を採録している。『文学遺跡巡礼』は、昭和13年(1938)から昭和18年にかけて、日本女子高等学院の光集会から刊行された。本学の創立者・人見圓吉先生が国文科の卒業生の研究成果を全4冊に編纂・刊行したものである。 
     人見先生は、国語国文学史上の先人の伝記研究を目指し、その基礎的資料の定着を計画して、国文科の学生を指導されたのである。この計画は、第二次世界大戦が勃発して、中断せざるを得なかったが、戦後、昭和31年(1956)に『近代文学研究叢書』として復活したのである。
     私は、『近世和歌研究書要集』の新刊紹介を執筆しながら、『文学遺跡巡礼』に収録されている、伝記研究の諸論文が、70年に及ぶ長い時間によく耐えて、この平成の現在によみがえった事に、大きな感動を覚えた。                       
     天理図書館の正面入口のところに「實事求是」の額がかけてある。学生時代からお世話になっている図書館であるから、これは気になっていた。出典は、『漢書』河間献王徳伝である。中国・清代の考証学派の研究目標であったという。事実に基づいて物事の真相・真理を求めたずねること。
     私は、はじめの頃は、評論的傾向の強い文章を書いていた。しかし、横山重先生に出会い、「深沢よ、美文は書くな、事実をツブツブと書け。」と注意されて、文体を一変した。天理大学の木村三四吾先生の研究に接し、古典資料の調査方法の真髄を学んだ思いがした。それからは、この「實事求是」を研究の基本に据えるように努力してきた。 
     思えば、これは、人見圓吉先生の研究姿勢と、相通じるものがあるだろう。私の願いは、この人見先生の学問的伝統が、今後の昭和女子大学の日本文学研究に継承されることである。
    『文学研究科35周年記念誌』(2009年3月31日、昭和女子大学大学院 文学研究科 発行)


    ■冨樫省艸刻




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    2017.03.26 Sunday

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