麒麟山

  • 2020.07.28 Tuesday
  • 09:38
麒麟山

●FBのスタッフから、1年前を振り返ろう、とコメントがあった。

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金上の城の跡なる  麒麟山  今は紅葉の名所なりけり

●昨日、新潟県東蒲原郡阿賀町赤岩の齋藤氏から、阿賀町津川の麒麟山酒造の、伝統辛口の銘酒〔麒麟山〕を御恵与賜った。如儡子・斎藤親盛に関して、今年4月、斎藤家の御子孫、長井市の齋藤豪盛氏から、諸資料を送って頂き、斎藤家初代・斎藤光盛の出自の調査を再開した。

●現在、私は、家の事情で、調査旅行が出来ない。一昨年の『百八町記』の諸本調査の折も、全国の図書館等の御配慮によって、曲がりなりにも、一応調査することができた。今回の、斎藤光盛の本貫の調査も、諸方面の御協力、御配慮によって、何とかまとめられそうである。有難いことと感謝している。

●今回は、『齋藤家系図』、巻子本、1軸、縦192ミリ、横6400ミリ、という長大な系図を、自宅で調査させて頂くことが出来た。関係者の御厚意とは言え、研究者冥利に尽きる。

●この度頂いた、銘酒〔麒麟山〕には、〔丸に吉〕の家紋が入っている。もともと、この齋藤家は、藤原秀郷の末裔ゆえ、家紋は〔下がり藤〕だった。近世初期の、第59代目の時、武士から農民になり、家紋を〔丸に吉〕に変えたという口伝が伝わる。それが、銘酒〔麒麟山〕まで、継続されているのである。

●『可笑記』絵入本の挿絵の〔昔さる人〕の背中の紋所は〔丸に吉〕である。どうも、如儡子は、酒田の最上家57万石が取り潰され、浪人となって、越後に赴くが、この時、斎藤家総本家の家紋〔丸に吉〕を見ていたらしい。

●このような結論に導かれた私は、幸せである。






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  • 2020.09.22 Tuesday
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