仮名草子

  • 2020.07.03 Friday
  • 23:05
仮名草子 〔ネット上の諸辞典〕
 

国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典

 
◆国史大辞典

仮名草子
かなぞうし

仮名草子は中世の小説と本格的な近世小説である浮世草子との過渡的な存在である。当時仮名和書とか草紙とか呼ばれた種類の作品を指すが、内容的には案内記や教訓書のような文学性の稀薄なものも含まれている。仮名和書とは漢籍に対して俗耳に入りやすい通俗的な仮名書きの和書の総称であるから、実用性・教訓性の濃い作品が混在することも当然であるし、また戦乱終熄後の大衆の知的・道徳的教育を意図した江戸幕府の文教政策と考え合わせても、この文学性と実用性ないしは教訓性の混在は、新旧勢力の交替する、いわゆる啓蒙期的世相の反映ということができる。しかし、初期の仮名草子には前代小説の傾向が持続され、貴人の御伽の料としての娯楽性が強く、安楽庵策伝の『醒睡笑』などの笑話本、『犬枕』『尤之草紙』などの模擬物、太田牛一の『信長記』、小瀬甫庵の『太閤記』などの武功譚などがある。また『恨之介』や『薄雪物語』などの恋愛物の系列にも前代の小説の名残りを見ることができる。なお、この種の中から『露殿物語』をはじめとする遊女評判記類が発生したことは注目に価する。戦火も遠のき平和が恢復するに従って、諸国諸街道が整備されて日本全国の交通が発達し、磯田道治の『竹斎』、浅井了意の『東海道名所記』などの名所記・遊覧記的傾向をもつ作品が出て来たことは、民衆の実用的要求に応ずるものといえよう。仮名草子の特徴の一つとして、教訓性が挙げられるが、特に思想啓蒙・教訓を主とした作品に如儡子の『可笑記』、三教一致を説く『百八丁記』、儒教を勧める朝山意林庵の『清水物語』、その反駁書で仏教を旨とする『祇園物語』がある。また中世の懺悔物の系統を引くものとして、阿弥陀信仰を説いた『七人比丘尼』、その影響作で鈴木正三の『二人比丘尼』などがある。なお、翻訳物として『伊曾保物語』や北村季吟の『仮名列女伝』、辻原元甫の『女四書』などが刊行されたことは、まさに啓蒙期的現象といえよう。はじめはいわゆる御伽草子と併存していた仮名草子が、幕府の文教政策や印刷術の発達、また一般庶民階層の向上などの諸条件のもとに、ようやくその本質を固定化しようとする段階に至って、浅井了意や山岡元隣らの代表的作家が出現した。了意の『浮世物語』には新しい時代の息吹きが窺われ、中国怪談を翻案した『御伽婢子』などの一連の作品は近世怪異小説の基盤となった。仮名草子の作家たちは、朝山意林庵や北村季吟らの学者、三浦為春・如儡子・浅井了意らの武士階級出身者、あるいは鈴木正三のごとき僧侶というように、ほとんどが前時代の知識階級であって、庶民文学の黎明期とはいえ、あくまで対象である読者が庶民層であるのみで、知識人による一般民衆の啓蒙教化の段階でしかなかった。真の意味での町人文学としての小説の出現は井原西鶴の『好色一代男』の刊行をまたねばならなかった。
(堤 精二)
©Yoshikawa kobunkan Inc.


◆日本大百科全書(ニッポニカ)

仮名草子
かなぞうし

近世初期の慶長(けいちょう)年間(1596〜1615)から井原西鶴(さいかく)の『好色一代男』が刊行された1682年(天和2)までの約80年間に著作・刊行された、多少とも文学性の認められる散文作品で、中世の御伽(おとぎ)草子の後を受け、西鶴の浮世草子に接するものをいう。しかし学術用語としてはあいまい不完全な名称で、古く室町時代にこの語が記録にあり、また西鶴の作品をも当時は仮名草子と称していた。語の意味は、真名(漢字)本に対する仮名本という用字による区別にすぎない。当時の出版書肆(しょし)によって編集された書籍目録の分類にみられる仮名とか双紙とかいわれていたものがこれに該当すると考えられる。結局、漢籍仏典医書などの学術書でなく、平仮名で書かれた娯楽・啓蒙(けいもう)的な読み物といえよう。これらは写本で行われたものもあったが、近世初期以来の出版に取り上げられて多く流布した。したがって、従来の文学作品と異なった条件として考える必要がある。
 仮名草子の作者はごくわずかしか知られていない。大部分が作者不詳であり、さいわい作品に署名があったり、書籍目録に作者名が記されていても、伝記を明らかにしえない場合が多い。作者層は、浪人・民間の国学者、漢学者、僧侶(そうりょ)、医師、俳諧(はいかい)師などであったと考えられる。読者は、ごく初期は上層階級であったが、のちに印刷術の発達とともに庶民階級にまで読者層が拡大した。
 研究史としては、明治の後半期に水谷不倒(ふとう)、藤岡作太郎らによって仮名草子が研究対象として取り上げられ、今日に及んでいる。いわゆる仮名草子と称される作品群は、その内容がきわめて多種多様で多方面に分岐し交錯しているため、当然なんらかの整理を加える必要があった。そこで分類の作業を中心に研究が進められ、第二次世界大戦前は潁原(えばら)退蔵、戦後は野田寿雄(ひさお)、暉峻康隆(てるおかやすたか)、田中伸らによって分類が試みられた。次にあげる野田寿雄の分類などが妥当といえよう。(1)教義教訓的なもの 朝山意林庵(あさやまいりんあん)の『清水(きよみず)物語』(1638刊)、辻原元甫(つじはらげんぽ)の『智恵鑑(ちえかがみ)』(1660刊)。(2)娯楽的なもの 三浦為春の『あだ物語』(1640刊)、浅井了意の『御伽婢子(おとぎぼうこ)』(1666刊)。(3)実用本位のもの 中川喜雲の『京童(きょうわらべ)』(1658刊)、浅井了意の『江戸名所記』(1662刊)。
 仮名草子は種類が多様多岐であり、内容も文学性の希薄なものが多いことから、従来は過渡期の文学ということで西鶴研究の階梯(かいてい)として付随的にみる傾向が強かった。作品個々の研究、作者の研究、周辺との関連など残された課題は多いが、今日ではむしろ、未成熟ではあるが仮名草子の多様な性格のなかに、あるいは仮名草子を支えた基盤のうちに、近世文学全般の源流や胎動萌芽(ほうが)を積極的にみていこうとする姿勢が定着しつつある。
[坂巻甲太]

©Shogakukan Inc.


◆改訂新版 世界大百科事典

仮名草子
かなぞうし

江戸初期にあらわれた仮名書きの小説類の総称。そのころ日本でも急激に木版印刷術が発達したが,それにつれて流行したもの。すなわち井原西鶴によって確立された浮世草子以前の,主として京都を中心に出版された小説類であって,烏丸光広,如儡子(じよらいし),鈴木正三(しようざん),野々口立圃,山岡元隣,中川喜雲,浅井了意などがおもな作者である。その期間はだいたい1600年(慶長5)ころから82年(天和2)(西鶴《好色一代男》発表年)にわたる。この期は徳川家康の江戸幕府の成立(1603)あるいは鎖国(1634)などがあり,徳川封建体制確立の時期だったので,その文治政策を反映して,思想的には儒教や仏教による民間教化の傾向が強かった。ために仮名草子も第1に啓蒙的・教訓的な色彩がはなはだ強い。第2には,貨幣経済の発展によって新しく町人の登場があり,その要求を反映した名所案内記や見聞記,遊女評判記などの実用的なものが多い。第3には,まだ新時代の文学観念が成熟していないために,室町時代小説のなごりがあり,題材に新しさが加わったにせよ,文体や描写態度にはまだ古い要素が多く見うけられる。

 第1類に属するものとしては,《清水(きよみず)物語》《二人比丘尼(ににんびくに)》のような作中の人物の対話をとおして儒教や仏教の教義を解説したもの,あるいは《可笑記》《悔草(くやみぐさ)》のような随筆的なもの,《仮名列女伝》《本朝女鑑(じよかん)》のような古来の名女賢女の逸話を集めて女性の道を鼓吹したもの,《堪忍記》《智恵鑑(ちえかがみ)》《因果物語》のような説話集がある。第2類としては,京都または東海道の名所案内をこころみながら作中人物のこっけいや狂歌をふくませた《竹斎》《東海道名所記》のようなものや,大坂の陣を叙した《大坂物語》,明暦の江戸大火を叙した《武蔵鐙(あぶみ)》,キリシタンの日本渡来の状況を記した《吉利支丹(キリシタン)物語》のような見聞記,さらにこの時期に栄えた遊里を紹介し評判した《あづま物語》《田夫(でんぷ)物語》《難波鉦(なにわどら)》などの遊女評判記,また金持になる心得を説いた《長者教》などがこれにあたり,第3類としては,《恨の介》《薄雪物語》《ねごと草》《浮世物語》など数多いが,なお《枕草子》や《伊勢物語》をもじった《尤(もつとも)草紙》《仁勢(にせ)物語》,翻訳物の《伊曾保物語》《棠陰比事(とういんひじ)》《御伽婢子(おとぎぼうこ)》,また,噺本としての《醒睡笑》などもこれに入れてよい。以上のように仮名草子の特色がいろいろであるのは,まだほんとうの小説観念が確立せず,時代の要求であった啓蒙性,教訓性,実用性が前面に出ているからである。だが未熟とはいえ,この時期にあらわれた小説形態がその後の江戸時代小説の大きな類型となり,とくに井原西鶴の小説出現の前駆となったことは見のがせない。
[野田 寿雄]

。。。。。。。。。。。。。。。。。

◆ウィキペディア

仮名草子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ナビゲーションに移動検索に移動
仮名草子(かなぞうし)とは、江戸時代初期に仮名、もしくは仮名交じり文で書かれた、近世文学における物語・散文作品を総称したもの。 井原西鶴の『好色一代男』が出版された天和2年(1682)頃を区切りとするのが一般的である[1]。

目次

1 概略
2 内容
3 主な作品
4 脚注
5 参考文献

概略

御伽草子の延長に生まれ、仮名を用いた庶民向けの読み物として出版され、雑多な分野を含む。1ジャンルとしては異様に幅広い範囲を扱うため、中世文学と近世文学の過渡期の散文を一括りにした呼称と言える。

中世文学と仮名草子の違いのひとつに出版がある[2]。中世文学の複製方法が写本であったのに比べ、近世には仮名草子のような俗文芸も木版で大量に刷り販売されるようになった。手慰みに書かれた中世文学とは違い、仮名草子は製本され世間に流布されることが前提にある。平和の訪れとともに識字階層も増え、新たな読者層の要求に応える職業作家も現れるようになった。

作者の多くは当時の知識人層であり、浅井了意、鈴木正三(しょうさん)、烏丸光広らが知られている。 また、斎藤親盛や江島為信など、教養のある浪人が一時の糊口をしのぐために書いた作品が多い[3]。

明暦年間(1655-)から寛文年間(1661-1672)にかけてが仮名草子の最盛期と言われる[4]。延宝年間(1673-)ごろより西山宗因を盟主とする談林俳諧が隆盛し文壇の主流は関西へと移った。説話からハナシへと文学の流行が移行していくにつれ、教説性の強い仮名草子は下火となった[5]。やがて、宗因門下の井原西鶴による『好色一代男』などの優れた文芸が著されるようになり、これは後に浮世草子と区別して呼ばれるようになる。

内容

初期の仮名草子は戦国時代の回顧や大名の一代記などが多かった。通じて啓蒙的な内容のもの、儒教的な教訓を含んだ物語や説話集に人気があった。笑話のほか、名所案内記、また野郎評判記、遊女評判記のように実用的なガイドブックとして読まれたもの、事件や災害などを叙述する見聞記など多岐にわたる。

寛文10年に刊行された『増補書籍目録』では、当時の書籍が36項目に分類されている。

主な作品
仁勢物語(作者不詳)
竹斎(富山道冶)
恨之介(作者不詳)
清水物語(朝山意林庵)
可笑記(如儡子、斎藤親盛)
浮世物語(浅井了意)
東海道名所記(浅井了意)
あづま物語(作者不詳・遊女評判記)
難波鉦(酉水庵無底居士・遊女評判記)
ほか多数。深沢秋男・菊池真一編『仮名草子研究文献目録』によれば、300点におよぶ。

脚注
^ 谷脇 1999, p. 627.
^ 谷脇 1999, p. 628-630.
^ 江本 2000, pp. 30-31.
^ 江本 2000, p. 22.
^ 江本 2000, pp. 32-38.

参考文献

仮名草子の叢書として約200編を収める「仮名草子集成」(全70巻の予定、東京堂出版)がある(2019年3月現在、61巻まで刊行。参考:[1])。
谷脇理史『仮名草子集』小学館、1999年。
江本裕 『近世前期小説の研究』若草書房、2000年。
坪内逍遥・水谷不倒『近世列伝体小説史』春陽堂、明治30年。
水谷弓彦『仮名草子』水谷文庫、大正8年
水谷不倒『新撰列伝体小説史 前編』、春陽堂、昭和7年。
北条秀雄『改訂増補 浅井了意』笠間書院、昭和47年。
田中伸『仮名草子の研究』桜楓社、昭和49年。
水田潤『仮名草子の世界―未分化の系譜―』桜楓社、昭和56年。
野間光辰『近世作家伝攷』中央公論社、昭和60年。
渡辺守邦『仮名草子の基底』勉誠社、昭和61年。
野田寿雄『日本近世小説史 仮名草子篇』勉誠社、昭和61年。
三浦邦夫『仮名草子についての研究』おうふう、平成8年。
松原秀江『薄雪物語と御伽草子・仮名草子』和泉書院、平成9年。
市古夏生『近世初期文学と出版文化』若草書房、平成10年。
青山忠一『近世仏教文学の研究』おうふう、平成11年。
花田富二夫『仮名草子研究―説話とその周辺―』新典社、平成15年。
近世文学書誌研究会編『近世文学資料類従・仮名草子編・古板地誌編』 全61冊、勉誠社、昭和47〜56年。
東洋文庫・日本古典文学会編『仮名草子』貴重本刊行会、昭和49年。
谷脇理史編『仮名草子集』早稲田大学資料影印叢書刊行委員会・早稲田大学出版部、平成6年。
朝倉治彦等編・校訂 『仮名草子集成』 1巻〜49巻、東京堂出版、昭和55〜平成25年。全70巻で、刊行中。
野田寿雄校注『仮名草子集』上・下、日本古典全書、朝仮名草子

。。。。。。。。。。。。。。。。。。

◆はてなキーワード

【かなぞうし】
仮名草子 (かなぞうし)

【定義】

近世初期、慶長(1596〜1615)から天和(1681〜84)にかけての、約80年間に作られた、小説を中心とする散文文芸の総称。ただし、このように、散文文芸全般を含める広い範囲とする説と、他方で、物語・小説的な作品に限定すべきであるとする説もある。

この近世初期は、日本歴史の中でも代表的な啓蒙期であり、この時期に、漢字(振仮名付き)交じり仮名書きの通俗平易な読み物が次々と作られた。これら一群の文学的著作に与えられたのが「仮名草子」という名称で、命名は仮名草子研究を切り拓いた水谷不倒である。その数は、はじめは180点ほどであったが、研究が進むにつれて増加して、現在では300点にも達する。

作品の原本は、写本または版本(古活字本・整版本)として伝存するが、版本は出版の黎明期にふさわしく、全体に版式もおおらかで、大きな本が多い。

【分類】

仮名草子は、物語・詩歌・日記・随筆・評論・実録などのように、さまざまな文学ジャンルを包括している。そこで、これらを、どのように分類整理するかという問題が生じる。
野田寿雄氏の説に従って紹介すると以下の通りである。

1、 啓蒙教訓的なもの(教義問答的なもの、随筆的なもの、女性教訓的なもの、翻訳物)
2、 娯楽的なもの(中世風な物語、説話集的なもの、翻訳物、擬物語)
3、 実用本位のもの(見聞記的なもの、名所記的なもの、評判記的なもの)

この分類からもわかる通り、仮名草子は複合ジャンルのような性質をもっている。文学史的には、お伽草子→仮名草子→浮世草子と接続するが、これを小説の系列として考えるならば、小説以外の作品をどう扱うべきか、という問題が今後の課題として残されている。

【範囲】

 仮名草子の範囲を考える場合、留意すべき事項は、次の各項目が考えられる。
 1、御伽草子との関連。
 2、浮世草子との関連。
 3、評判記(遊女・役者)との関連。
 4、軍書、軍学書との関連。
 5、咄本との関連。
 6、随筆的著作との関連。
 7、名所記、地誌、紀行との関連。
 8、教訓書、女性教訓書との関連。
 9、仮名仏書、仮名儒書との関連。
 10、注釈書(・・・抄)との関連。
 11、翻訳物、翻案物との関連。
 これらの、各項を具体的に検討することも今後の課題である。

【参考文献】

◎坪内逍遥・水谷不倒『近世列伝体小説史』春陽堂、明治30年。
◎水谷弓彦『仮名草子』水谷文庫、大正8年。
◎ 水谷不倒『新撰列伝体小説史 前編』、春陽堂、昭和7年。
◎ 北条秀雄『改訂増補 浅井了意』笠間書院、昭和47年。
◎ 田中伸『仮名草子の研究』桜楓社、昭和49年。
◎ 水田潤『仮名草子の世界―未分化の系譜―』桜楓社、昭和56年。
◎ 野間光辰『近世作家伝攷』中央公論社、昭和60年。
◎ 渡辺守邦『仮名草子の基底』勉誠社、昭和61年。
◎ 野田寿雄『日本近世小説史 仮名草子篇』勉誠社、昭和61年。
◎ 三浦邦夫『仮名草子についての研究』おうふう、平成8年。
◎ 松原秀江『薄雪物語と御伽草子・仮名草子』和泉書院、平成9年。
◎ 市古夏生『近世初期文学と出版文化』若草書房、平成10年。
◎ 青山忠一『近世仏教文学の研究』おうふう、平成11年。
◎ 江本裕『近世前期小説の研究』若草書房、平成12年。
◎ 花田富二夫『仮名草子研究―説話とその周辺―』新典社、平成15年。
◎ 近世文学書誌研究会編『近世文学資料類従・仮名草子編・古板地誌編』 全61冊、勉誠社、昭和47〜56年。
◎ 東洋文庫・日本古典文学会編『仮名草子』貴重本刊行会、昭和49年。
◎ 谷脇理史編『仮名草子集』早稲田大学資料影印叢書刊行委員会・早稲田大学出版部、平成6年。
◎ 朝倉治彦等編・校訂 『仮名草子集成』 1巻〜49巻、東京堂出版、昭和55〜平成25年。全70巻で、刊行中。
◎野田寿雄校注『仮名草子集』上・下、日本古典全書、朝日新聞社、昭和35・37年。
◎ 前田金五郎・森田武校注『仮名草子集』日本古典文学大系90、岩波書店、昭和40年。
◎ 青山忠一・岸得蔵・神保五弥・谷脇理史校注・訳『仮名草子集 浮世草子集』日本古典文学全集37、小学館、昭和46年。
◎ 渡辺守邦・渡辺憲司校注『仮名草子集』新日本古典文学大系74、岩波書店、平成3年。
◎ 谷脇理史・岡雅彦・井上和人校注・訳『仮名草子集』新編日本古典文学全集64、小学館、平成11年。
◎ 深沢秋男・菊池真一編『仮名草子研究文献目録』和泉書院、平成16年。
◎ 深沢秋男・菊池真一編『仮名草子研究叢書』全8巻クレス出版、平成18年。

■仮名草子研究文献目録 → http://www.ksskbg.com/kana/index.html

。。。。。。。。。。。。。。。

●【ウィキペディア】は、誰かが立項して、私が加筆したもの。

●【はてなキーワード】は、私が立項・執筆したもの。ただし、このサイトは現在廃止。

2020年7月4日 深沢秋男


スポンサーサイト

  • 2020.09.22 Tuesday
  • 23:05
  • 0
    • -
    • -
    • -
    コメント
    コメントする