25歳 → 85歳  文体の落差

  • 2020.03.14 Saturday
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25歳 → 85歳  文体の落差

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 『可笑記』の研究 (卒論)             深沢 秋男
                          昭和36年12月

はしがき

 日本文芸の歴史をながめるとき、 我々はそこに二つの頂点を見出す。そして、それが、古代後期に生まれた平安朝文学と、時代下って徳川治世下の元禄文芸であることはいうまでもない。このように素晴らしい文化的遺産を残した先祖をもつ我々は、それを一つの誇りとしてよかろう。
 平安朝散文文学の筆頭とされる『源氏物語』の、あの香り高い美しさと、鋭い人間観照からくる偉大な芸術性は、後世に燦然とその光を放っている。そして、私は後世にこれを越えた作品を多く見出さない。しかし、それでいてなお、そこに何かもの足りなさを感じるのである。そこで、女性として問題になるのは、せいぜい受領階層までであり、宮廷生活の様子は、生き生きと写されているにしても、庶民生活のそれは、須磨・明石にとどまるのである。このことは、無数の農民たちの苦しみの上に繁栄していた、貴族社会、いわば限られた社会の中にあって生れたものだけに、致し方のないものであったのであろう。そして、文芸が庶民のものとなるまでには、あの戦乱と仏教的色彩の強い中世を経なければならなかったのである。
 来世的・貴族的な伝統文芸に対して、現世的・庶民的な新しい文芸の発生、それと共に近世は始まるとも言うことができよう。芭蕉・近松・西鶴らによって代表される元禄文芸が、庶民のためのものであった事はいうまでもなく、この意味において、近代文芸の萌芽をここに求めることも、それほど唐突のことではないと思われる。要するに、我が日本文芸史上において、庶民の声が初めて下から突き上げるものとして、この領域に登場してきたこと、それこそ私が近世文芸に目を向け始めた最初の契機であった。
近世初頭にあって、従ってどの文学史にも、必ずその名を上げられていながら、文学的には、あまり高く評価されていないジャンル、つまり仮名草子がまず目についたのは必然的であったと言える。どのようにして来世的・信仰的・貴族的要素が、現世的・知識的・庶民的要素に移行し、近世的性格は形成されたか、このテーマに対する第一歩が、『可笑記』の作品研究であった。従って当初は『徒然草』との対比によって『可笑記』の近世化を考察する予定であったが、予想外に作品が大きく、本文分析の域に止まってしまった。
 第1章は、作者・作品の成立時期・諸本など、調査の段階のものをまとめた。諸本調査は、時間的余裕を考えて、当初は省略する予定であったが、章段数について諸説があり、そこに大きな差異があったので、内容への影響をえ、 これを加えることにした。なお、歴史的時代背景についても述べる予定であったが、紙数の関係で省略した。第二章は本文分析であり。ここに最も力点をおいたつもりである。第三章に、他作品との関係を、狭範囲内まとめてみた。第四章は未完成ながらではあるが、評価を出した。その後に参考文献と類型性に関する具体的章段とその数などを掲げた。 なお、 文中、 諸研究家の敬称はすべて省略させて頂いた。

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●昭和37年1月10日、245枚の卒論を、法政大学の教務課へ提出した。受付番号は、池森弘道氏が1番で、私が2番。提出後、重友先生の許可を頂いて、教務課に申請し、借り出した。245枚、1字1句、原本通りに書写して、現在まで保存している。

●卒論で書いたものは、その後、適宜、修正を加えて雑誌に発表したものもあるが、未発表のものもある。今回、最後の著書ゆえ、未発表のものも、収録したいものがある。

●そこで、修正を加えながら吟味しているが、〔はしがき〕にある如く、いかにも、勇ましいものである。これを、もう少し穏やかに修正して収録したいと思う。  2020年3月14日

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  • 2020.07.07 Tuesday
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