池田茂光氏『井関隆子日記』ちょっと覗き見 その3

  • 2020.01.22 Wednesday
  • 06:37
池田茂光

【旗本婦人「井関隆子日記」】
   ・・・ちょっと覗き見・・・その3

井関隆子の屋敷は350坪くらいで、田安御門と清水御門に近く、所謂武家屋敷が軒を連ねている。現在の千代田区九段1丁目辺りである。屋敷は庭を広く取り、様々な草花を配している。隆子はその敷地に離れを設けて、そこに住んでいた。花を愛し、歌を愛し、酒を愛した。

1月19日
 昨日から曇り空だったけれど、昼下がりになって雪が降って来た。去年から雪を見られなかったのでちょっと寂しい気がしていた。やはり雪は風情があって素晴らしい。
 近くにある義姉(亡夫の姉)の屋敷を訪ね、私と同様に酒をたしなむ義姉と早速雪見酒としゃれてみました。庭の木や草にも雪が積もり、見事な景色です。この風情に感じて一首詠んでみました。
  新玉の春をおぼゆる宿なれば
  花と見えてぞ雪は降るらむ
 居心地がよくつい飲み過ごしました。帰ろうとする頃になって、煎茶の用意ができたと言うので、なお長居になります。珍しい果物が設えられ、茶で木の芽なども味わい、心地よい香りで酔い心地も更に癒されます。

1月20日
 今朝は良く晴れました。昨日の雪で木や草は花が咲いたようです。この素晴らしさは例えようもありません。日が差し始めれば、近頃やっと春めいたた陽光で、枝の雪がはらはらと散り、花のように美しい。
 しかし古今和歌集にも「春たてば花とや見らむ白雪のかかれる枝に鶯の鳴く」とあるのに、この春は未だに鶯は聞こえません。今ここで鳴いてくれたら、どんなにか素晴らしい事でしょう。

1月23日
 日が暮れて、6時過ぎたころ鳴神(なるかみ。雷の事)の音が聞こえた。3日の立春に豆まきをした残りの豆を気休めにみんなで食べました。
 この頃お上(将軍家慶)では、ことさらに精進潔斎のご様子と聞こえます。何があったのだろうと感じていたところへ、今日になってその訳が公にされた。御台所様がお亡くなりになりました。家普請ばかりでなく物音をたてることさえ禁じられました。もちろん全ての遊興なども慎みます。位の上下に係わらず、お仕えする全ての者がお城に上がってご様子を窺う毎日です。

1月26日
 この頃は牛嶋あたり(隅田川)が梅の盛りだと聞いています。しかし将軍家の御不幸が聞こえているので、梅をみて楽しむ者もいないだろう。

1月28日
 上様をお慰めしようと高貴な方々から、果物や珍しい品々の御届け物が列をなして後を絶ちません。これらは処理しきれずに、上様のお側近くにお仕えする者たちへお下げ渡しされました。我が家にもたくさんいただきました。

1月29日
 1月も今日明日だけと言う今になって、ふと鶯を聞くことができました。例えようもなく嬉しい事です。

1月晦日
 晦日だから、いつもの様に家の内外を掃き清めます。
 ところで、昔から法師と呼ばれる人たちの不埒な行いはありましたが、そのため今では取り締まりがたいそう厳しくなりました。しかしそれでも法師による、道を外れた男女の行いは多いようです。あいかわらず悪行は繰り返されています。近年でも多くの法師が処罰されたり、死罪になった者もいます。

2月1日
 家普請の禁止は昨日までに終わりました。歌舞音曲を慎むのも8日までと聞いています。
 数年来冷夏が続き、秋の長雨もあり、穀物が実りません。そのため物価が大幅に上がり、世間が大変騒々しくなっています。飢えた人の行倒れも見ますし、庶民は生活苦に喘いでいます。幕府はお蔵米を放出して民を救おうとしています。

2月2日
 風の強い日が続き、火の取り扱いに厳重注意の申し渡しがありました。

2月5日
 今朝起きたら一面の雪で驚きました。ご葬儀は明日だと聞いているので、この雪が大変気掛かりです。
 それにしても、ご葬儀、ご葬送は全て白妙に御飾りされると思うので、見事なものになるでしょう。

 次回は2月初旬に投稿の予定です。お楽しみいただければ幸いです。ご感想など戴ければありがたいのですが・・・
 なおこの文章は原文を大幅に要約したものであることをご承知おきください。

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  • 2020.02.25 Tuesday
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