大啓蒙期の注釈

  • 2019.07.07 Sunday
  • 10:52
大啓蒙期の注釈

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 時寛永巳之仲冬下幹江城之旅泊身
         雪朝庵士峯ノ禿筆作  如儡子居士 

,弔譴鼎譴箸蓮徒然とかきて、つくづくとながめおり、物さびしき躰也。
△劼らしとは、終日の心。あさより晩までの事也。曰くらしのくもじ、すみてよむべし。にごれば、むしのひぐらしの事になる也。
おしまづきとは、つくゑの事也。
い椶とぅとは、筆の事。
ゼ蠱罎蓮△討里Δ遡蕁
Δろか心は、愚知の心也。
Г澆犬き筆とは、悪筆などいふ心。ひげのことば也。
┐擦い颪い箸い佞箸蝓∩靆擇里┐斥佞覆匹鬚發弔董大海をうめんとするなり。たれたれもしり給へる古事なれば、かきつくるにおよばず。
二神とは、住吉・北野・玉津嶋を申也。わかの三じん是也。
みとがめとは、御たゝりなどいふ心也。
しうじんとは、世間の人といふ心。あまたの人々をさしてぃふ也。
ほゝえむとは、につこりと笑ひがほをする事也。
ひな人とは、いなか人と云事。
せめとは、さいそくなどいふ心。
じするとは、詞にてしんしやくすること。
阿靴蠅召とは、身をひき、しんしやくするてい也。
韻砲屬やえばとは、物のきれぬかなもの也。
欧舛茲譴とは、いかにもまがりゆがみて、物のようにたゝぬざいもく也。

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●ここに掲げたのは、『砕玉抄』(百人一首の注釈書)の奥書に加えた注である。自分の文章に注を付す。いわゆる自注である。如儡子は、和歌の珠玉の集、「百人一首」に詳細な注釈を加えているが、その執筆姿勢は、極めて平易である。読者対象は、知識人ではなく、一般庶民である。しかも、内容的には、島津忠夫氏も評価するほどである。

●『如儡子百人一首注釈の研究』(2012年、和泉書院発行)参照。



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  • 2020.09.22 Tuesday
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