文学研究とは

2019.02.10 Sunday

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    文学研究とは

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    文学研究って、作家の「伝記」を書くことですか?そうじゃないでしょ?あくまでも作品研究でしょ。
    作家と作品は乖離してもいるのだ。
    作者:星出小路 超宇宙

    文学研究家のしばしば陥る「落とし穴」がある。

    そもそも文学研究とは
    そこにある、小説なりポエムなりを
    つまり「作品」そのものを分析する?研究するってことでしょ?
    それが本筋のハズ。
    ところが真正面から作品自体の分析をするのは大変?なので
    ついつい?
    作家と作品との相関関係について?
    つまり作品を作った作家の分析から始めてしまうのである。
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    ●今日、こんな御意見のサイトが目に付いた。お説は、ご尤もである。文学研究は作品の研究に始まり、作品の研究で終わる。作家が何を言っているかは、問題ではない。作品の中で何を言っているかが、問われるのである。

    ●私は、大学卒業と同時に、重友毅博士の主宰される、〔日本文学研究会〕に入れて頂いた。この会の機関誌が、学術刊行物『文学研究』だった。法政大学の先輩の方々が、昭和26年(1951)に創刊されたもので、年2冊発行。全国に一般会員が数百名、常任委員は20名前後だった。
    ●常任委員を主体とする研究会は、毎月1回開催された。午前10時から、午後3時まで。午前中は、古代文学、中世文学、近世文学、近代文学の作品を取り上げ、ゼミ形式で講読、解釈、批評、討論を行った。最後には、重友先生の講評があった。
    ●午後は、常任委員各自の研究主題によって研究発表を行う。発表は順番に担当した。だいたい、1年に1回弱担当した。発表後、各委員から、質問、反論等が出され、討論の後、修正した原稿を編集部へ提出する。その後、編集部が査読して、合格の論文が『文学研究』に掲載されるという仕組みだった。

    ●さて、私の場合、発表が終わると、「それで、文学的にはどうですか?」という、詰問が出されることが、しばしばであった。私は、仮名草子研究を志した時から、いわゆる一般的な〔文学研究〕の方法は、採用しなかった。作品解明に当たって、細分化した方法で取り組んだ。啓蒙期の仮名草子研究には、その方が有効だと考えたからである。
    ●しかし、私は、作品研究を疎かにしたり、軽視していた訳ではない。〔作品研究 → 作者の伝記研究 → 再び作品研究〕という進め方をしたのである。

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    「賓事求是」

     文学研究は対象が主として文学作品であるから、研究に関する要件も自然科学などの分野とはいささか異なる。文学の研究者には、鋭い感受性と緻密な思考力が求められるだろう。小説・詩歌・随筆・評論などに出会って、研究者自身が何を感受するかが大切であり、その感受したものを、客観的に文章化しようとした時、緻密な思考力が動員されることになるからである。
     私は、大学2年の時、仮名草子の『可笑記』を初めて読んで、このように批判精神に富み、しかも、ものごとの中枢を道破する見識を持った作者が、封建時代の近世初期にいたということに心を動かされた。それをきっかけに、この作品を卒論に選んだ。また、後年、幕末の名も無い女性の日記を読んだ時、その熟達した文章力に圧倒されて、この作品を紹介しようと決意した。それが『井関隆子日記』であり、この日記は、本学の大学院でも講義・講読・演習に採り上げた。
    【『35周年記念誌』昭和女子大学大学院文学研究科 2009年3月31日】

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    ●『井関隆子日記』に関しては、和泉書院から『井関隆子の研究』を出した。仮名草子『可笑記』の研究は、いまだ未完である。もし、まとまれば、こんな具合になるだろう。

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     目 次

    序 章
      はじめに
      研究史

    第一章 如儡子・斎藤親盛の伝記 
     第一節 研究史
      一、水谷不倒氏の研究
      二、森銑三氏の研究
      三、田中伸氏の研究
      四、野間光辰氏の研究
      五、私の伝記研究
     第二節 如儡子・斎藤親盛の伝記資料

      一、二本松、松岡寺、斎藤家関係資料
       1、松岡寺
       2、斎藤家墓所(改葬前の墓、第一次改葬、第二次改葬、第三次改葬)
       3、松岡寺所蔵、過去帳
       4、松岡寺所蔵、位牌
       5、斎藤家所蔵、位牌
       6、斎藤家歴代一覧
       7、斎藤家系図
       8、〔斎藤家関係資料〕(仮称。現在、伝存未詳)
       9、斎藤家縁起詞

      二、二本松藩関係資料
       1、『世臣伝』
       2、『相生集』
       3、二本松諸資料、『二本松藩新規召抱帳』
       4、『二本松寺院物語』
       5、二本松城下図
      三、如儡子・斎藤親盛、出生の地・酒田関係資料等
       1、斎藤筑後関係文書等
       2、如儡子・斎藤親盛出生の地・酒田筑後町
       3、斎藤家初代光盛の出自
        〔1〕『小川のしからみ』の記録
        〔2〕『東蒲原郡史蹟誌』の記録
        〔3〕『齋藤家系図』
        〔4〕斎藤家関係年譜・
        〔5〕西山日光寺と斎藤家
        〔6〕阿賀町赤岩区の斎藤本悦家
        〔7〕斎藤家家紋「下がり藤」と「丸に𠮷」
        〔8〕斎藤家所蔵の陣羽織
        〔9〕『可笑記』絵入本の挿絵
        〔10〕まとめ
        〔11〕斎藤家関係年譜・

      第三節 初代、祖父・斎藤光盛  
      第四節 二代、父・斎藤広盛
      第五節 三代、如儡子・斎藤親盛
      第六節 四代、子・斎藤秋盛
      第七節 五代以後の斎藤家

    第二章 如儡子の著作『可笑記』          
      第一節 作者・成立時期・巻数・章段数        
       〔一〕作者
       〔二〕成立時期                   
       〔三〕巻数・章段数                
       〔四〕「如儡子」「可笑記」の意味と読み         

      第二節 諸本                   
       第一項 諸本の書誌               
        〔一〕寛永六年跋写本             
        〔二〕寛永十九年版十一行本           
        〔三〕寛永十九年版十二行本           
        〔四〕無刊記本         
        〔五〕万治二年絵入本     
        〔六〕その他(取合本)
        
         (以下省略)
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    ●文学研究の方法に関しても、明治以後、偉大な先学が、それぞれ、お示し下さったが、未だ、確立はしていないように思う。今後の研究者に期待したい。

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    2019.04.19 Friday

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