斎藤親盛 〔死去ネット〕

2019.01.08 Tuesday

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    斎藤親盛 さいとうちかもり(にょらいし)
    1603 - 1674

    仮名草子作者

    • 亡くなってから344年305日過ぎました。
    • 71歳で亡くなりました。
    • 1603年に誕生、1674年03月08日に亡くなりました。
    • 生誕416年が経過しました。没後344年が経過しました。
    暮らした時代は、慶長 から 延宝 です。
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    斎藤親盛(如儡子)さんについて
    近世初期、出羽の酒田に生まれた。庄内、川北奉行、斎藤筑後守広盛の長男。最上家親に仕える。最上家57万石が1万石に改易された時、浪人となる。苦しい浪人生活の中で、仮名草子『可笑記』や、『砕玉抄』『堪忍記』『百八町記』などを著作した。

    斎藤親盛(如儡子)さんへコメントする

    2019 1 7
    深沢秋男
    『近世初期文芸』第35号(2018年12月)に「如儡子の祖父、斎藤光盛の出自」を発表しました。元和8年(1622)8月、山形藩57万石が、取り潰しになった時、貴殿は、酒田から越後のどこかへ行ったのですが。現在の阿賀町、赤岩地区ではないかと、私は推測しました。二本松の資料が発見されれば、明らかになるかも知れませんね。

    2018.06.03 ID:240117 ×
    深沢秋男
    斎藤家初代・光盛は、越後のどこから、出羽庄内に来たのか、それを探究している。私は、卒論の頃、『可笑記』絵入本の「昔さる人」の背に家の家紋に注目した。それは、作者の祖父。斎藤光盛の出自に関係するのだろうか。やがて、明らかになるだろう。

    2017.10.11 ID:202395
    深沢秋男
    『百八町記』の考察を脱稿しました。この難解な著作を、妻や子のために残したとは、敬服しました。しかし、奥さんや、秋盛は読みましたでしょうか。とにかく、最晩年の力作、私は疲れました。

    2016.06.09 ID:159604
    齋藤家、第13代、豪盛氏が、自分史『みちの奥 町工場物語』を出版しました。平成28年、2016年6月10日発行です。立派な生涯だと思います。御報告いたします。

    2015.06.26 ID:143359
    akio fukasawa
    齋藤家 墓所 参詣

    2015年6月23日、二本松、松岡寺の齋藤家のお墓にお参りしました。
    齋藤家第13代豪盛氏御夫妻と、私たち夫婦の4人です。齋藤氏ご夫妻が招待して下さいました。
    第二墓誌の裏面に、その後の状況を新たに追加しました。
    これで、豪盛氏と私の研究は一段落しました。
    以上、御報告申し上げます。

    2015.01.01 ID:137550
    akiofukasawa
    昨日、第13代・齋藤豪盛氏から電話があり、齋藤家御先祖の代々の上に話題が及びました。御報告致します。

    2014.09.23 ID:134816
    akiofukasawa
    父、斎藤筑後守広盛の伝記、『世臣伝』に基づいての検証、最上家改易までまとめました。171枚、昨日、印刷所へ入稿しました。これで、父上の伝記はほぼ、終りました。御報告申し上げます。

    2014.08.30 ID:134146
    akiofukasawa
    父・斎藤筑後守広盛の長谷堂合戦の頃の活躍の様子が、検証できました。『世臣伝』の拠り所となった、斎藤家の記録は、貴殿が書いたのではありませんか。私は、そのように考えるようになりました。

    2014.05.24 ID:131154
    akiofukasawa
    ●笠谷和比古氏が『武士道 侍社会の文化と倫理』の中で、『可笑記』の意見を取り上げています。御報告いたします。

    2014.04.03 ID:93018
    akiofukasawa
    武州川越の豪商、榎本弥左衛門の記録『榎本弥左衛門覚書』の、正保2年の条に「心のうちに詮議仕り候らえども、合点参らず候につき、落ち着き申さざる所に、『可笑記』を読み候らいて、心落ち着き申し候也。」と書かれています。御報告いたします。

    2014.03.22 ID:92738
    akiofukasawa
    ●東京都中央区立泰明小学校の『泰明だより』平成26年3月号に、校長・和田利次先生の生徒に贈ることばで「礼儀と云うは、むかいの人によっておこない、時にしたがっておこなう、万事一ぺんに心得べからず」(如儡子『可笑記』)と書いています。これは『可笑記』巻2の48段にあるものです。貴殿の書いた言葉が現在も活用されていることを報告します。


    2014.02.14 ID:92136
    akiofukasawa
    現在、私は、ライフワークとしての『如儡子・斎藤親盛の研究』を執筆中です。貴殿は、『徒然草』と共に『甲陽軍鑑』をよく読んで利用しましたね。尊敬します。

    2013.12.20 ID:91279
    akiofukasawa
    『近世初期文芸』第30号に、斎藤広盛と藤島城のことを掲載しました。貴殿の伝記資料も少しずつ充実しています。

    2013.11.05 ID:90466
    akiofukasawa
    『可笑記』が、平成22年度香川県公立高校入試、平成23年度京都府公立高校入試に出題されました。

    2013.11.02 ID:90402
    深沢秋男
    近世初期の激動の社会を生き抜いた人生に敬意を捧げます。大学3年の時、仮名草子『可笑記』に出会えたことを幸せだと思っています。

    2013.11.02 ID:90401
    お悔やみ申し上げます
    • 斎藤親盛(如儡子)さんのお墓について
    • 松岡寺
    • 二本松市松岡77
    • 山形県酒田市、上日枝神社境内に「齋藤筑後守記念碑」が建立されている。

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    2019.03.25 Monday

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