『井関隆子日記』の現代語訳

2019.01.04 Friday

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    井関隆子日記、ふるさとへの思いの現代語

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    sab********さん
    2015/5/2920:56:05

    井関隆子日記、ふるさとへの思いの現代語訳をおねがいします!
    ふるさとの荒れたる様を見て、昔の人の嘆きつる歌共、いと多かる。そはいみじかりつる都の年経てあらずなりぬる様、はた己が住めりし里など、いつしか異やうに変はれるを見ては、おのづからあはれ催すべかめり。己が生まれつる所は、四つ屋といひて、公人などいふかひなきものの彼是住みわたりつれど、かやるに板屋などむねむねしからず。大方田舎めきよろほびたる家ども打ちまじれり。一とせ如月のつごもりばかり、此のわたりを行きかひしけるついでに、入りて見けるに、昔すめりし家のあとは草むらとなりぬ。そこはかとなく分け入るに、しかすがに庭とおぼしきわたりは植木など枯れ残り敷石所々にあり。いたく苔むひたる井筒に立ちより見れば、水のみ昔にかはらず澄めり。かの「あるじ顔なる」と詠めりしもことわりにて、はやくのことさへ思ひ出でらる。古くおぼえし木どもみだりがはしう繁りあひ、はた垣のもとに並植ゑたる桜の木ども、かたへは枯れてむらむらに残れるが、折知り顔に色めきたれど、花もてはやす人もなかめるを、誰見よとてかと思ふに、おもほえずうち嘆かれぬ。此の花の木どもはそのかみ母屋に向かひたれば、親はらから打ちつどひ春毎に、盃とりつつ打ち興じもてはやしつるを、今は其の世の人独りだに残らず、ただ我のみたちおくれて、昔の春の夢語りを、さらに語らふ友もなし。

    こととは花とはおもへどいにしへをとはまくまほしき庭ざくら哉

    奥の方は少しくだりて、片山かけたる坂をゆくに、父君の愛でて植ゑつると聞きおきたる、梅の木どもの大きなる、かたへは朽ちなどしつれど
    若葉の色いと清気にて、花の盛りには雪とのみ見渡されにしも、ただ今の心地してすずろに物がなし。


    おねがいします!(TT)
    できれば省略されてある部分も補ってほしいです(TT)
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    lie********さん

    リクエストマッチ
    2015/5/3019:54:56

    『井関隆子日記』(生家跡を尋ねる)

    昔住んでいたところの荒れた様子を見て、昔の人が嘆いた歌などは、たいそう多い。
    それは殷賑であった都が年がたって昔の面影もなくなった様子とか、また、自分が住んでいたところなどが、いつのまにかまるで違ってしまったように変わっているのを見て、自然としみじみとした思いになるのであろう。

    私が生まれた所は、四つ屋(今の四谷)といって、役人などのどうということもない者が あれこれ住みついていたが、かやるに(かやる、不明、誤写?)板葺きの家などぱっとしなかった。だいたい田舎めいた倒れそうな家などが立ちまじっていた。
    先年、二月の末ごろに、このあたりを行き来したついでに、入って見たところ、昔住んでいた家のあとは草むらとなっていた。どこがどこともわからぬままに分け入ったところ、そうはいっても(昔の)庭とおぼしきあたりは植木などが枯れ残り、敷き石が所々にある。たいそう苔むした井筒に立ち寄って見うと、水ばかりが昔と変わらず澄んでいた。
    例の(古歌に)「あるじ顔なる」(注)と詠んだのも道理であって、昔のことさえ自然と思い出される。

    (注)「あるじ顔なる」……『源氏物語』松風の「住みなれしひとはかへりてたどれども清水は宿のあるじ顔なる」に拠る。

    すみません。過去履歴がほとんどゼロの方ですので、ここまでとさせてください。
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    質問した人からのコメント
    2015/5/30 20:50:29

    質問逃げのようなことをするつもりはなかったですが、ありがとうございました。

    お礼の枚数考えてください。

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    2019.03.25 Monday

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