甲斐国史の中の身延町

2018.12.03 Monday

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    甲斐国史の中の身延町

    ●『広報 みのぶ』12月号がアップされた。表紙には身延町の人々の和やかでかわいらしい写真がたくさん掲載されている。可愛いねえ。
    ●この号の、池田茂光氏の「町内歴史・文学散歩みち㉑」は、「甲斐国史の中の身延町は ?」である。西島村、手打沢村、大塩村、久成村、平須村、矢細工村、古長谷村、中山村、夜子沢村、寺沢村。みな、故郷の懐かしい村々。
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    夜子沢村 日蔭 日向
     石高=百六十二石九斗三升五合
     戸数及び人口=百十八戸、四百九十七人(男二百四十八、女二百四十九)
     馬・牛=馬二十四頭
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    ●夜子沢(よごさわ)には、叔父さん(母の弟)の家があり、従兄もいて、小さい時は、大変可愛がってもらった。渡辺三兄弟で〔渡辺兄弟商会〕という会社を経営、土木工事をしていた。おじさんたちの積み上げる、高い石垣は見事なものだった。高校時代は、私もここで、アルバイトをした。
    ●ところで、今回の紹介で、夜子沢の、「馬二十四頭」は、大塩の「四十頭」、西島の「三十七頭」に次いで多い。何故だろうか。富士川から山の方に入った場所で、馬を育てたのだろうか。

    ●江戸時代後期の、甲斐の国の石高、人口などの記録の写本は、私も二冊ほど持っていたが、先年の蔵書整理の時、古書籍商に売却してしまった。




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    2018.12.14 Friday

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