古典の現代語訳・2題

2018.11.05 Monday

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    古典の現代語訳・2題

      悵羇慘柑卞記』の現代語訳
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    井関隆子日記〈上巻〉 (1978年)
    2012年2月6日

    未読 現代語訳でないので難しい。
    でも、この本を参考文献にした作家達のコメントを見ると、どうやらとても面白い内容が書いてあるらしい。
    是非、現代語訳を誰か書いて欲しい。
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    ●今日、この『井関隆子日記』の現代語訳に関して、このようなブログを見た。実は、大阪の和泉書院から、井関隆子の研究書を出す前、ある大学の教授から、某新聞社が、この日記の現代語訳を出さないか、と言っている、やりませんか、と問い合わせがあった。私としては、研究書も出していないので、引き受けられない、とお答えしたことがあった。
    ●文春新書から『旗本夫人・・・』を出した時、あるブログで、この本の現代語訳が「ぞんざい」であると書いているのにであった。私は、現代語訳を「いいかげん」に扱ってはいない。それに、この本の中では、原本の意訳であると明記している。
    ●古典の文章を現代の人々に伝える時、現代語訳をする。いい例が、『源氏物語』である。数多くの『源語』の現代語訳が出ている。これを比較してみれば、よく解ることである。問題は、原典の言いたいことを、現代の人々に伝えることが大切なのである。その場合、時として、文法的に正確な現代語訳よりも、意訳の方が効果的なのである。
    ●ついでに書くが、この文春新書を出した時、様々なコメントが、ネット上に書き込まれた。毀誉褒貶、様々であった。その主要なものは、『芸文稿』第4号(平成23年4月)に、44頁にわたって紹介した。
    投稿日:2018年2月7日作成者fukaakiカテゴリー井関隆子【深沢秋男の窓】

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    ◆仝電気慮渋絽賁  (2014-12−10)

    ●今日の朝日新聞で、池澤夏樹と大江健三郎の対談を取り上げている。池澤夏樹個人編集の「日本文学全集」全30巻、河出書房新社に関連してのもの。今度の全集で、古典の現代語訳に取り組むのは25人だという。大江は、
    ●「翻訳することで、作家は自分の表現や文学観を超えるだろう。日本文学が変わると思う」と期待しているという。私も、この全集の内容見本を見て、古典の現代語訳の担当者を見て、期待できるという予感を覚えた。
    ●古典の現代語訳は、訳者によって、かなり違う。『与謝野源氏』と『谷崎源氏』を比較しても、その差は歴然たるものがある。私が、学生時代に感じたことを、近時、田中宏氏が実証してくれた。(『芸文稿』1号〜11号)
    ●以前、『井関隆子日記』を新書で紹介した時、私の原文の〈意訳〉の部分をとらえて「ぞんざいな現代語訳」とネット上で評した御仁がいた。古典を現在の一般読者に紹介するには、それなりの方法・手段があるのである。大学入試の問題とは、全くちがう。
    ●何はともあれ、今度の「日本文学全集」の古典の現代語訳の担当者の手腕に期待したい。何よりも、古典の良さを現在の人々に知って欲しい
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    ●池澤夏樹氏の「日本文学全集」は、売れ行き好調で、作家による、古典の現代語訳が現代の人々に受け入れられていることを物語っている。
    ●昨日、とても嬉しいことがあった。ある作家が、『井関隆子日記』を全巻、現代語訳しようか、とメールをくれた。私が、この日記を出したのは、もう40年も前のことである。その後、大学センター試験、明治大学入試、京都大学入試、にも採用され、今では、高校の授業でも取り上げられている。また、近世の日記文学としての評価も定着しつつある。
    ●このような状況の折、原典を現在の人々にも解りやすく読める、現代語訳が出ることは、誠に有難い。この日記の良さ、面白さを、より多くの人々に知って欲しい。全巻現代語訳は、大事業であるが、この提案が実現することを願っている。

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    2018.11.14 Wednesday

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