分に過ぎた下宿先 

2017.05.26 Friday

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    〔4〕東京都世田谷区上野毛、多摩美術大学
    〔5〕東京都品川区高輪、旧北白川邸
    〔6〕東京都渋谷区道玄坂、天松邸
    〔7〕東京都品川区上大崎、久米邸

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    〔4〕東京都世田谷区上野毛、多摩美術大学
    ●大学卒業後は、佐藤秀工務店に採用してもらう予定ゆえ、私は、佐藤秀工務店の現場事務所で、毎日毎日、嬉々として働いた。宮大工は無理でも、現場監督として働きたいと思ったのである。上野毛の多摩美術大学の講堂建設の現場事務所では、米沢工業卒の七沢さんと2人で、野澤主任さんの下で頑張った。七沢さんとは、毎晩、毎晩、将棋を指して遊んだ。実力伯仲で、どちらが負けても、もう一番、もう一番と、7番位は指していた。
    ●佐藤秀工務店の社長、佐藤秀三氏は、米沢工業高校の出身で、社員も米工出身者が多かった。後年のことであるが、私が研究している、仮名草子作者、斎藤親盛の御子孫、斎藤豪盛氏も米沢工業の出身であることがわかり、七沢さんと同期であった。3人で合おう、と連絡したが、お互いの都合がつかず、延び延びとなり、七沢さんが、ガンで御他界されてしまった。
    ●多摩美術大学工事の時は、テニス部の学生とはテニスをしたり、見事な卒業制作展を拝見したり、楽しい日々だった。

    〔5〕東京都品川区高輪、旧北白川邸
    ●佐藤秀工務店は、木造建築では有名で、私の義父の海老原氏は、この会社の棟梁で、長島茂雄氏宅や向井潤吉画伯の家も建てた。今は向井潤吉アトリエ館になっている。
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    【アトリエ館は、昭和37年に建てられた、アトリエと住まいを兼ねた建築と、昭和44年に岩手県一関より移築された土蔵によって、構成されています。
     ※設計施工 株式会社 佐藤秀(建築作品集で当館が紹介されています)】
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    ●そんな関係だと思うが、高輪の北白川邸の内装工事を担当した。家の外装はそのままで、内部だけ新しくする工事だった。この時も、私は、現場事務所の電話番、留守番役として、ここに宿泊していた。高輪ゴルフセンターが隣接していて、夜間には、練習させてもらったこともあった。後年、この場所に、プリンスホテルが建って、ここで、昭和女子大学の謝恩会が行われ、懐かしい思いがした。何とも、豪華な下宿先であった。
    ■現在の品川、高輪近辺